• English
  • 日本語
  • France
  • Deutschland
  • Italy
  • España
  • Slovenia

なぜ私たち全員が世界規模の分かち合いについて話し合っているべきなのかということ

Adam Parsons
2012年6月11日

今日、政治経済を除いたおおよそすべての状況で分かち合いのアイデアが話し合われているようです。これは当然なことかもしれませんが、貧困を根絶し環境を癒すことに対して本当に私たちが真剣なら、世界規模の分かち合いについて私たち全員が話し始めている時ではないでしょうか。


多くの社会的、環境的および経済的問題への対応として、今日分かち合いのアイデアがますます一般化しています。車、衣服、バス、食事、家庭用品、そして私たちの時間や技術に至るまですべてを - 日常生活のなかでもっとどのように分かち合うかを学ぶことによって、他人との交流、コミュニティの建築、消費や無駄の削減、そしてコストの削減を可能にします。あるいはもしあなたが、一千億ドル以上と噂される分かち合い経済市場に投資する起業家のひとりであるならお金儲けさえできます。共有のウエブ・プラットフォームを創造するソフトウェアエンジニア、コウハウジングのコミュニティをデザインする建築家、あるいは分かち合いのための法的構造および規約を取り入れるコミュニティ団体を助ける弁護士など、現在大変多くの様々な専門家が分かち合いの巨大な成長産業に従事しています。

それはあたかも21世紀の多くの危機に取り組むために、革新的方法で昔ながらの分かち合いの営みが思い出され、再び学ばれ、そして再考案されているかのようです。伝統的社会独特の原始的な振る舞いからは程遠く、分かち合いは、家族と友人の間でのシンプルな日常の営みであるだけでなく、新たな研究分野、新たな生活のあり方を提示します。現在、ギフト経済、ブツブツ交換システム、相互援助社会、時間銀行および主流の金融制度外の他の多くの交換様式などについて多く話されています。

同時に、私たちの政治経済制度の組織化の方法への遠大な意味合いを持って、協力し合い分かち合うという生来の性質が人間にどのように備わっているかということを強調する、豊かな文献が最近出現しています。それらすべての発見が、伝統的な経済理論の真髄となる多くの仮説にチャレンジします。特に、人は本質的に自己中心的で競争心が激しく、欲張りで個人主義的だという固定観念 - 不公平な経済制度を正当化するために長い間使われてきた仮説です。その一方で、「コモンズ」に対する学者や公衆の関心の復活は、天然資源、文化的伝統、知識を含んだ社会および自然資源を分かち合って保護するための新たなシステムを計画することを促進しています。これらすべての多様な分野で多くの人々が言っているように、分かち合いの原理は、私たちが社会を再構造化し、差し迫った世界の復興プロセスにおいて私たちを導くことができる概念なのです。

貧困を根絶するために分かち合う?

もしこれが真実であるなら、社会福祉および公共サービスの政府の提供の仕方に関連して、なぜもっと多くの人が分かち合いについて話し合っていなのでしょうか。そして貧困、不平等および気候変動への取り組みに関連して「分かち合い」という言葉についてなぜ殆ど言及しないのでしょうか。近年の不平等の問題に対する非常に強い関心にもかかわらず、例えば、社会における不公平および排他の明らかな解決策について、学者、運動家または政策立案者の間で殆ど言及されていません - それは理論的に、誰もが知るところの、富と資源のより公平な分配です。まさに、人間家族や動物家族が彼らの間で分かち合いを自然に実践しているように、社会やその市民の間でも発展のために同じ原理を実践する必要があるのです。そして敢えて言うなら、世界規模で国々という家族の間でも健全な関係をその同じ原理が統括するのです。

それにもかかわらず、不平等の増加に起因する社会の病のすべてに関する研究の便覧を持って、The Spirit Levelという影響力のある重要な本でさえが、平等主義的社会を指し示す終わりの方の章で「分かち合い」という言葉にふれていないのです。同じことが、どのように世界を変革し経済資源の公平な分配を達成するかについての指示を持って書かれた、無数の報告者やマニフェストについても言えます - 分かち合いの原理について明確に言及されることは稀なのです。

すべての状況下で分かち合いについて話すことが現在ファッショナブルであるにもかかわらず、政治経済学の分野においては、社会主義者または共産主義者としてすぐさま汚名を着せられるであろう大きな危険性があります。これは、自由なエンタープライズおよび小さな政府をどの国より大声で主張する国、米国において特にそうです。2008年の米国選挙中に「あなたがまわりに富を広げるなら、それは皆のためになる」と配管工ジョーにオバマ大統領が言った時、メディア狂乱が爆発したことをおぼえているでしょうか。それ以後、オバマ大統領は、「富をグループからグループへ再分配」しようとしているのではないことを、事あるごとに投票者に説明し安心させることが習慣となりました。

従って、2012年のアメリカ選挙の前段階において「分かち合い」という言葉は明らかに、ホワイトハウスへ向けて真剣に努力を尽くしている政治家にとって、「希望」や「変革」に取って代わるキャンペーン・スローガンになることは決してありませんでした。これはとても残念なことです - それはなぜなら、もっと多くの政治家が社会主義や他の「主義」と関連を持つべきだからではなく、分かち合いの原理がどのような政治的イデオロギーともまったく関連づけられるべきではないからです。実に、世界の政治家が、もし彼らのイデオロギーや党派忠誠心を捨て、分かち合いを彼らのモットーと旗にしさえするなら素晴らしいのですが。分かち合いの原理は、過ぎ去った時代の失敗した経済実験の恩義は受けず、民主的に決定された規定および国際協力の枠組み内で、世界規模基盤でまだ適用されていない自然な経済法則のまま残っているのです。

分かち合いの政治経済学

政治および経済の分野において今日なぜ私たちがもっと分かち合いについて話し合っているべきなのかという多くの理由があります。まず第一に、分かち合いのレンズを通して政府の政策を検討することは、多くの場合ライバル政党との複雑な討議の舵をうまく取り、政治的情報操作やイデオロギー的思考のなかで自己を見失うことのないよう私たちを助けます。従来の確実性が急速に崩れ落ちているこのグローバル経済の崩壊の時代に、そして、右翼または左翼の政治家の誰一人として世界問題に対する答えを持たないこの時、一般国民にとって政府の歪曲した優先事項や良識の欠如の本質を見抜くことは難しいかもしれません。しかしもし、私たちが国内および国際基盤双方での経済政策の基本理念として分かち合いを考えるなら、政府が進むべき正しい道を理解することはかなり簡単になるのです。これは、一握りの人間による規制されない「富の創造」と並んで、社会保護や公共サービスの解体をますますを伴うところの、世界の政策立案者たちのほとんどが現在私たちを連れて行っている方向とは明らかに異なるでしょう。

分かち合いの原理がどのように経済政策に関係するかを理解することは、私たちが想像するよりもっと簡単かもしれません。STWRの最近の報告書のなかで、現代世界に存在する全国レベルでの分かち合いの最も進んだ形態であると私たちが論議するところの社会福祉および公共サービスの提供の現代制度を包括するために、私たちは分かち合い経済についての既存の概念を拡張しました。分かち合いの例として、公共福祉制度について僅かな人々しか話していないながらも、分かち合いの原理はどのように社会の人々が、すべての人間の基本的ニーズおよび権利を確保する集団的責任を担うかということにおいて不可欠です。このような意味での斬新的課税や再分配について論じることは、いわゆる経済大国で当選を競うどの選挙候補者にとっても政治的に議論を巻き起こすテーマかもしれませんが、拡大する不平等、貧困および社会的排除のレベルについて懸念する道理のあるどのような人にとっても、それは理にかなったことに違いありません。

これらのシンプルで実用的言葉で考えることはまた、不可欠なサービスおよび国家開発に資金を提供する効率的な税制を構築するために必要とされる資源を持たない、より貧しい国々の基本的問題を私たちが把握することに役立ちます。別の言い方をすると、多くの低所得国は、効果的な分かち合い経済を確立するためにいまだ苦戦しており、そしてこれを達成するために彼らは国際コミュニティから援助を必要 とします。これは、「グローバルな分かち合い経済」に資金を提供する差し迫ったニーズを指しますが、STWRの報告書のなかで説明されているように、それは、ただ国際援助を拡大するという話ではありません。最優先事項として緊縮財政政策を覆し、命を脅かす貧困を防止し、気候変動の人間への影響を緩和するために必要な資金を募るために、政府が実施できる多くの政策があります。私たちが概要を述べる10の政策提言のすべては - 租税および債務正義から政府の非常識な補助金の向け直にいたるまで - 世界中の運動団体の主要な優先事項であり、世界の財源を分かち合う意味では非常に大きな進歩を記します。現在崩壊している既存の経済システムのなかでさえ、再分配の広範な政策、世界規模の租税形態および政府の歳入のもっと公平な分かち合いを通して、貧困者および弱者の基本的権利を確保するために多くのことがなされ得ます。

より大規模での分かち合い

しかしながらより長期的には、もし私たちが貧困を根絶し平和で持続可能な未来を想像するつもりなら、分かち合いは世界経済にとってさらに大きい重要性を持ちます。過剰消費している非常に人口過剰な地球で、そして、世界の天然資源および経済力の不均等な分配を考慮すると、分かち合いの原理によって導かれたグローバル・ガバナンスのもっと包括的なシステムを発達させるという莫大な課題があります。国連は、著しい改革と復興が必要とされるにもかかわらず、世界経済のそのような再構造化を同調させるために必要な経験および包括性を持つ唯一の多国間機関であるため、この歴史的試みのなかで中心的役割を持っているのです。農業、貿易および工業が世界規模で適切に規制されない限り;すべての人々と未来世代の利益のために文化資源および天然資源が管理され、保護され、そして信託に入れられない限り;そして、消費レベルが国内および国家間双方で均等かつ持続可能とならない限りは、真の意味でのグローバルな分かち合い経済について話すことはできないのです。

私たち全員が世界規模での分かち合いについて話し合っているべきもうひとつの非常に適切な理由があります。なぜならそれをしない限り、政府と国際機関が富と資源のより公平な分配への公衆の要求に耳を傾けることが殆どないだろうことは間違いないからです。何十年もの間、利益、イデオロギーおよび経済力によってあまりに盲目的にされてしまい、世界資源を分かち合うことになんの興味もない、支配的な企業やビジネスのロビー団体によって政策立案は全レベルで捉えられてきました。分かち合いおよび協力を支持し世論の莫大な高まりのみが、これらの既得権益が世界的共益に応じることをやむ無くさせるでしょう。このような所感は、ある人々にとってまだ世間知らずに聞こえるかもしれませんが、2011年初頭以来の数々の並外れた「人民のパワー」の蜂起は、究極的に真のパワーがどこにあるのかということを具体的に証明してきました。もし世界世論が、世界の富と資源のより公平な分かち合いへの集団的要求を中心に融合するなら、全体におよぶ大規模な変革を起こす、一般人の真にグローバルなムーブメントのパワーの可能性を否定できる余地はありません。

勿論、グローバルな分かち合いのアイデアを私たちがハートとマインドの最前部に置くことを望まないかもしれない多くの理由があります。なぜなら、もしそうするなら、私たちはもはや政府の歪曲した優先事項に我慢できないかもしれないからです。特に、もし私たちが、現在どれだけ不条理に世界資源が管理され、そしてまさにどれだけ比較的僅かな世界資源が、極貧に取り組み環境を癒すために必要とされるかを認識するなら。私たちはまた、私たちの断続する沈黙、不本意な追従および自己満的な無頓着さを通して、この不正な現状を持続することに一役買っていることをも認識し始めるかもしれません。飢餓と社会の怠りから日々何万人もが不必要に死に続けている時、分かち合いと自分たちの正義についてなぜ私たちは話すことができるのでしょうか。もしグローバルな分かち合いが少しでもなにかを意味するなら、それは確実に、私たち自身のコミュニティの懸念を超えた世界的優先事項のナンバーワンとして、生命を脅かす貧困の根絶を意味するに違いないのです。あなたがご存知のように、私たちが前例のない巨大規模でそれを自分たちの優先事項にする時にのみ、政府も地球資源の分かち合いを彼らの優先事項にするでしょう。従って、貧困、不平等および環境に関係して分かち合いについて話すことが流行っていなくても、恐らく今がそうすべき時なのです。