持続可能な開発目標を越えて:世界の貧困の真実を明かし、世界人権宣言第25条の普遍的実現を要求する

STWR
2015年9月29日

Boy standing in a green forest. Image credit: Jason Taylor, The Source Project

Boy standing in a green forest. Image credit: Jason Taylor, The Source Project

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持続可能な開発目標 (SDGs)- その前向きで進歩的なレトリックにもかかわらず、それは、私たち共有の地球の限界内で万人の基本的ニーズを充足するための革新的アジェンダの要素を決して持ちません。このレポートは、一般の人々が何百万人という数で結束し、経済的正義のために巨大で継続的かつ世界的なデモンストレーションを通して基本的人権の普遍的実現を要求しない限り、私たちは「あらゆる形態」の貧困の終焉を見ることがないであろうことを主張しています。

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はじめに

気候変動を激化させず、また他の環境的限界を超えることなく、どのように政府は基本的ニーズを充足するために必要な資源へのアクセスを未来世代だけでなく万人にも保証することができるでしょうか。別の言い方をするなら、万人の共益のために公平に分配されるべき惑星ひとつ分の限界ある資源しか人類は持たないという認識を通して、グローバル経済が分かち合いの原理を具現化するためどのように私たちはそれを(再)組織することができるでしょうか。

これは、1987年に環境と開発に関する世界委員会によって、持続可能な開発のためのグローバル計画が地球の未来を守るためにと題された報告書に最初に発表されて以来、キャンペーナーや政策立案者が常に取り組んできた画期的なチャレンジです。[1]「ブルントラント報告書」が発表されて以来おおよそ30年ですが、社会的、経済的、環境的関心の全領域に及ぶ無数の国際会議と誓約にもかかわらず、制約された世界ではより多くの公平さを達成する政策や規制の実現から各政府は遥かに程遠いのです。

それとは対照的に、世界人口の99%の富の総額とおおよそ同じだけの富をもつ最富裕層の1%を伴い、過去30年間で不平等は前例を見ないレベルへと広がりました。[2]この報告書のパート2で概要が述べられているように、おおよそ42億人がいまだ極度の貧困の中で生活しており、生活必需品へのアクセスの単なる欠如から4万6千人が毎日不必要に死亡しています。それと同時に、人類は補充され得るより50%迅速に天然資源を消費しており、そして現在、二酸化炭素排出は今世紀末までに破壊的にも摂氏4度上昇することになります。[3]これらの統計は、今日の相互関係したグローバル危機の表面にさえ殆ど触れておらず、それがなぜ、真に公平、公正、そして持続可能な経済発展を達成することが、幕開ける21世紀に最も緊急を要する優先事項として残り続けるのかということなのです。

それはそれ故、「貧困と欠乏の残虐から人類を解放し、この惑星を癒し、保護する」ために新たなグローバル・パートナシップへの道を整える目的で、国連により今正式に導入された持続可能な開発目標(SDGs)の規模と大志を留意することは励みになります。[5]この一連の新目標は、世界的なメディア報道と誇大広告の同じような誇示を掲げ2000年に実施されたミレニアム開発目標(MDGs)の表面的な成功の上に構築され、次の15年間、国際開発アジェンダを定義付けるでしょう。

もし表面上の価値のみを認めるなら、それが政府間の協力を改善し、政策立案者及び公衆双方の注目を緊急のグローバル問題に集中させる価値ある機会を提示することが単なる理由であったとしても、このような性質の善意溢れる高度レベルの計画を退けることは無責任なように見えるかもしれません。「貧困の全形態を根絶する」ためのSDGsキャンペーンの幅広い展望と第一目標に誰も異議を唱えることはできないでしょう。しかしながら、国際社会が開発政策をこの決定的なグローバル・イニシアチブの歩調に合わせると同時に、「最高に野心的で斬新なアジェンダ」を具現化するとの主張通りにそれらの目標が応じられるかどうかに関して、多くの市民社会組織と従事する民間人は相当な懸念の声を発しています。

SDGsの成果文章の大雑把な分析でさえ、目標そのものだけでなくすべての持続可能な開発計画とそれが実施されるであろう政治経済の背景を疑問視すべき多くの理由があることを明らかにしています。残念ながら、このプログラムの数々の欠陥は、MDGsの成功を讃え、新たな「グローバル目標」キャンペーンを大いに促進する国連機関、出資者政府、企業、そして多くの無政府組織からの説得力のある、紛らわしいレトリックによってわかりにくくされています。[6]それ故この報告書の目的のひとつは、人類に直面する重大な社会的、生態学的危機に既存の国際開発の枠組みが対処できるという、主流の考えに反する語り口を強化することです。[7]

次のセクションではSDGsに関する主要な評価のいくつかにも同様に焦点を当て、SDGsがなぜ環境的に持続可能な結果をもたらすことがないのか、あるいはなぜそれらが今日のグローバル危機の中心にある緊急な構造上の問題に対応しないのかを説明します。飢餓と貧困との戦いに政府が勝利しているという一般的な考えとは対照的に、今まで以上更に多くの人々が今日貧困の中生活し、命を脅かす剥奪の現実を適切に削減することまたはそれを認識することさえ私たちはできず、そしてその状況は改善するよりむしろ悪化していることを、人間の剥奪の妥当な測定によって私たちは論証します。従って私たちはMDGsが1990年から2015年までの間に貧困を半減させたという主張に反論し、新自由主義の疑わしい自由市場のイデオロギーに基づいた政策の枠組みを追求し続ける限り、2030年までに飢餓と極度の貧困を根絶することは不可能であることを論議します。

より公平で生態学的な基準に沿って国際社会がグローバル経済を改革することに失敗し続けるため、大規模な民間参加のための戦略もがまた提案されます。国際的な最優先事項として世界人権宣言第25条に明確に述べられた基本条件の完全なる実現を、政府に要求することを一般人に呼びかけるというものです。[8] 政策立案者がすたれた政治的イデオロギーから恩義を受け続け、有力企業に不当に影響される世界で、即急な時間枠内で世界の多数派である貧困層の基本的ニーズをもし断固として政府に充足させたいのであれば、前例のない断続した世界的抗議デモが必要であることを私たちは論議します。道徳的及び戦略的双方の観点から、第25条に明確に述べられるように、万人の充分な食糧、住居、医療、そして社会保護への基本的権利の保障のための政府への結束した世界的要求だけが、正義と分かち合いの原理に基づいた持続的なグローバル経済への道を整えることができるのです。

パート1:富、権力、資源をより公平に分かち合う − あるいは業務平常通り?

多くの市民社会団体は、2015年以降の開発の枠組みを幅広く支持しています。なぜならとりわけ新グローバル目標は、環境的持続可能性をそのプログラムの中心としているからです。MDGsに比べ、新たに同意されたターゲットはまた遥かに普遍的、包括的でもあります。それらは発展途上国の意見を取り入れた2年間の国民の意見の聴取から顕現し、グローバル・ノース及びサウスの国々に適応され、これからの15年間の実施プロセスの中ですべての出資者の参加を求めます。誠に、社会保護への普遍的アクセスを提供し、「誰も置き去りにしない」ためのグローバル協定の遠大な約束はまさしく野心的であり、基本的人権の実現に関連する国際規約だけでなく国際連合憲章とも完全に一致しています。

しかしながら実際の問題は、特に多くの国々がグローバル経済危機の影響をいまだ調整しており、低い経済成長率に悩み、政府開発援助(ODA)への公共支出を削減しているこの時、政府が目標充足のために必要な多額の資金を募り、再分配できるかどうかということです。[9] 持続可能な開発への転換に融資する「新たな世界的枠組み」の構築を促進するために、SDGsには2015年7月に行われた第3回開発資金国際会議(FfD3)から浮上したアディスアベバ行動目標(AAAA)が付随しています。残念ながら、発展途上国が貧困にあえぎ続けたままにする構造上の不平等に取り組むことができるなんらかの実質的な改革に同意するどころか、発展途上国がSDG関連部門で2兆5千億ドルの推定年間ギャップに例え直面しても、FfD3の協議中この不足額を埋めるための何ら意義のある方策に政府が最大限の努力を投じることはありませんでした。[10]

最弱層を守るために高度に集中した世界の富のより多くを再分配する具体的な方策に同意することにおいての政策立案者の失敗は、SDGの準備及び融資を整えるための協議への反応として市民社会組織が声を発した多くの深刻な懸念の一つにすぎませんでした。ボックス1に浮き彫りにされているように、援助国政府はおよそ半世紀前に彼らが誓った援助の僅かしか今もなお提供せず、これらの不充分な寄付さえが政治的な動機を持つことまたは有害な政策条件に付随することがもはやないことを保障するために、緊急な改革を必要とするメカニズムを通して分配されています。[11] 更に、外国援助はグローバル・サウスからノースへの財源の流れによって縮小されています。それは、(資源豊かな)低所得国の人口が「富裕」国によって融資されておらず、実際はむしろその反対に、彼らが富裕国を融資し続けていることを示唆しています。[12]

開発のために著しく更に多くの資金を提供することに同意する代わりに、援助国政府はグローバル・サウスの国々が国内で財政を動員する更に大きな責任を請け負うよう強制しました。同時に、違法資金の流れを防ぎ、租税回避に取り組むことまたは対外債務を再構成するために市民社会が長く呼びかけてきた緊急の方策のどれをも実施することを彼らは実際拒否しました。資金の流れがグローバル・サウスでの持続可能な発展をむしろ妨げるより利益となるように、グローバル経済を改革することにおいての容認し難い失敗は、毎年発展途上国が何兆ドルという収入を損失する原因となっています。FfD3とSDGs双方の成果文書はまた、資金を募る方法として官民パートナーシップを拡大することに傾倒しています。それは、多数のキャンペーナーと市民社会組織が、極貧者より事業にとって遥かに利益となる「企業開発アジェンダ」を確立したと論議する方策です。[13]

28ページからなるSDGsの成果文書の主要な点においての専門用語を首尾よく交渉した発展途上国のグループの多くへの最終的な侮辱として、伝えられるところによると、完成された文書は閉ざされたドアの向こうで主に米国による土壇場における要求の結果、非民主的に合意されたということです。[14] 最終結果は開発資金会議の以前の成果の趣旨に反した、弱体化された「協定」であり、公的領域の更なる民営化へのドアを開きました。AAAAの交渉中、「実現手段の経済的正義の側面」に焦点を絞った共同声明に要約されるように、数多くの市民社会団体が苦情を訴えました。「民間資金と多国間企業の役目を重視することは、政府の公共政策のための空間をさらに弱めるであろうし、そしてグローバル危機が生み出す極端な世代間の貧困にもかかわらず、それは金融部門を規制するための未完の仕事に取り組むことができないのです」。[15] 

 


ボックス1:SDGsに対する市民社会の主な反論

この先15年間、持続可能な開発目標アジェンダの基礎を形成するふたつの主要な文書に対する反応として、市民社会組織により重要な懸念があげられました。[16] SDGsの成果文書へのコメントとして、例えば、交渉に参加した市民社会組織の主流のグループのひとつは、「食糧への人間の権利、目標としての水と衛生への権利、平和と安全についての女性の決定権、先住民の権利、そして性的強制、差別、暴力なしで自己決定する女性の権利などが他の権利の中でとりわけ顕著に欠如している」と述べる著しく非難的な報告を発しました。[17] 市民社会団体はまた、彼らが長期的に運動してきた緊急の問題の多くが取り組まれなかったことに異議を唱えました。それは:

外国援助:政府開発援助(ODA) としてOECD諸国がGDPの0.7%を提供するための義務はすでに45年の年月が経っていますが、キャンペーナーの断続的な取り組みにもかかわらず、緊急な世界的ニーズと見合ったレベルへの貢献拡大のために専心するどころか、僅かな援助者が最小限のターゲットを達成しているに過ぎないのです。事実、外国援助のレベルは2014年の間下がりました。[18] それにもかかわらず、世界銀行の国際金融ファシリティのための付加的な2億1千4百万ドルは別として、SDG過程の間、開発に融資するために期限付きのあるいは実行が可能である、付加的な誓約は結ばれませんでした。AAAAは単に欧州連合の既存の援助義務を繰り返し述べただけでした。そして、新自由主義政策の制約から援助を解き放ち、ODAが政治的または経済的動機に基づかないことや依存しないことを保障するために、キャンペーナーの長年の要求に沿って援助のメカニズムの改革に政府が専念することもありませんでした。
 
差異のある責任:多くの発展途上国と市民社会団体が大変狼狽したことに、SDGsは発展途上国が付加的な資金を国内で募る必要があることを強調しています。この展望は、植民地時代や経済的取り決めからの富と資源の搾取など、貧困や環境問題の根本原因である今日の不公平な国際貿易、歴史的な不公正、あるいは構造上の不平等を大部分無視しています[Box 2を参照]。同時に、新開発目標の充足における先進国と発展途上国各々の経済力や技術力の差を無視しています。このためSDGsの言葉は、高度先進国が過去の世界的な二酸化炭素排出と環境劣化の大部分の原因となってきたことの認識の下、1992年の地球サミットにおいて正式に記された「共通だが差異ある責任」の指針を弱体化しているのです。
 
租税正義:恐らく最大の失望は、国際的な租税協力を促進し、違法な金融の流れを止め、脱税に取り組むための真に包括的な国連の税務機関確立における政府の失敗でしょう。発展途上国は法人税回避だけからでも年間推定千億ドルの歳入を失い、そして合計最高3千億ドルが開発資金に失われます。[19] 世界的な租税基準を規制し、これらの損失の防止を促進できる国際的なメンバーシップを伴う国際機関なくしては、援助国が現在要求する付加的な国内歳入を動員することは、発展途上国にとって不可能なままとなるでしょう。

 

債務免除:多くの国がいまだ債務危機に陥り易いことをAAAAは認めるにもかかわらず、発展途上国が過失と責任の重荷を直接的に負わされました。富裕国は、国連よりもむしろIMFとOECDの下で債務の話し合いを続けるよう執拗に要求し、そして G77とアフリカ諸国が提案していた、債権者と債務者にとって公正で公平な処置を保証するための多国間の法的な枠組みに反対しました。その反対は余りのもので、SDGsを充足するために必要とされる更に効果的で完全な社会保護プログラムに発展途上国が資金を供給することを、債務免除が可能にするであろうにもかかわらず、発展途上国と市民社会組織の長期に渡る要求に基づいた、秩序正しい債務編成のための法的機構を政府間で確立することは失敗に終わりました。[20]

企業の影響力:新たな目標は、資金の不足額を埋めることを促進するために、国連と企業の間のグローバル・パートナーシップの必要性を強調しています。それは、国連においてでさえ政策立案への企業の過剰な影響が、民主的原則、社会正義、そして環境的持続可能性を犠牲にしているこの時、キャンペーナーにとって主要な懸念です。[21] 特に、それらの事業が説明責任をもっと果たし、透明性を持ち、より良く規制されるべきであると提案するものが成果文書の中に皆無であるため、実際上、国連にこじつけ企業が自己利益を上げているかもしれない傍ら、民間部門が極貧層を助けることのできる範囲は全くはっきりしていません。

不平等の削減:超富裕層と残りの私たちの拡大する所得格差を閉じる目標を包括することは、SDGs交渉中、主要な経済学者、開発思想家、そして市民社会キャンペーナーによって広く要求されました。[22]  しかし国民所得の分配の増加を、それがどのように僅かであっても、全国平均を上回るレベルで下層40%の所得者へ要求するだけであるため、「国内及び国家間の不平等を削減する」新目標は全く不充分なのです。超富裕層における所得の集中が不平等の主要原因であるという証拠があるにもかかわらず、下層40%より国民所得の高い割合を蓄積する上層10%についての問題への取り組みに、新目標はそれ故失敗しているのです。[23]


 

限りある資源を持つ世界の中での公平な分配

地球の資源を公平に、そして持続的に分かち合う対のチャレンジは、基本的な人権が地球の限界を超えることなく普遍的に充足され得るかどうかということを問う、オックスファームの「ドーナッツ」報告書の中で明快に説明されています。この報告書は、人間が健康に繁栄するための環境的に安全で社会的に公正な空間を確立することは、世界全体での公平な所得の分配及び資源の使用、資源消費におけるより優れた効率性、そして経済発展の主な尺度としてのGDPを用いることからの転換を必要とします。[24] それでは、SDGsはどの程度まで支配的な消費主導型経済成長モデルにチャレンジするのか、あるいは国内及び国家間でより平等に富、権力、資源が分かち合われる必要性を反映しているのでしょうか。

持続可能性を強調する鼓舞的なレトリックにもかかわらず、SDGs成果文書の内容は、生態学上より持続可能な世界のために必要な政策変革を扇動するにはこれらの目標が非革新的すぎることを暗示しています。事実、17の目標と169のターゲットは、気候変動とより広い環境危機の根本原因を認識できておらず、完全な市場主導型アプローチの環境的影響にもかかわらず、生産と消費の増加による経済成長促進への優勢的な集中が続いています。特に、経済成長から生みだされる富のほんの少ししか世界の貧困者の利益とならず、グローバル経済の成長のためのトリクルダウン理論への依存は、貧困根絶のためのやり方としては効果的ではないことを提言する豊富な証拠が現在あるにもかかわらず、SDG8は「維持され包括的で持続可能な経済成長」の促進に完全に専念しているのです。

例えば、デビッド・ウッドワードによる未来のグローバル経済成長率に関する楽観的な想定に基づく詳細な見積もりに依ると、貧困を「根絶」させるには1日$1.25レベルで少なくとも100年、そして更に適切な1日$5の貧困基準でその2倍の年月を要するでしょう。[25] 彼はトリクルダウン理論の更なる批判の中で、この想定に基づいて世界人口の更に1%が絶対的貧困であり続けるであろうにもかかわらず、これらの還元を達成するには平均的な人は10万ドル以上の収入(または1日$5基準で130万ドル以上)を必要とすることを割り出しています。貧困根絶へのより効果的な軌道として前例のない再分配プログラムの必要を指摘し、私たちの開発への取り組みに関してのより根本的な再評価と並んで、世界の貧困層のために蓄積される世界的成長からの所得の分配を5倍に増やすことをウッドワードは要求しています。[26]

SDGsはまた、経済成長の追求と生態学的持続可能性の概念そのものの間の広く認識された深い矛盾を象徴しています。環境的ストレスと公害から経済成長を「切り離す」ことをできている国はひとつもなく、何ら意味のあるレベルの切り離しを達成することは当面のところあり得ないままでしょう。[27] 実に、貧困削減を加速するために経済成長を促進することは、「容認可能な」摂氏2度増加の限界内に気候変動を留めておくどのような可能性をも一掃するであろう、世界的な二酸化炭素排出の上昇結果を生むでしょう。[28] 地球温暖化の環境への悪影響はもとより、それに適応するための経済的コストが、「経済的報酬のサイズを大きくする」試みの結果として起こるかもしれない貧困削減に対する、明らかな障害となるでしょう。

開発アジェンダが生物物理学的制限の原則を受け入れない限り、SDGsは世界貧困の持続可能な解決策を代表すると主張できないのです。政策立案における経済成長の権勢へのチャレンジ、激しい消費主義文化の終結、自然の商品化に依存しない生産と消費の持続可能なパターンを確立することなくしては、環境的に実行可能な経済システムの構築は不可能なままとなるでしょう。[29] 人類が生態学的に過剰で、消費パターンが高度に不平等(例として、現在、世界人口の最も裕福な20%が、消費全体の80%を占めています)であり続ける間は、持続可能な開発のどのような国際プログラムも、根本的に異なる経済モデルを必要とするでしょう。この転換の中心となるのは、それが持続可能なレベルに保たれるための、全体的な世界的消費率の革新的に強化された規制と並行して、(発展途上国が消費を拡大する傍ら、過剰消費する国々が資源使用削減において先導すると共に)原料のスループットと二酸化炭素排出量のレベルにおける「グローバル収束」であるべきです。.[31]  上記に浮き彫りにされたこれらの根本的な問題がSDGsにおいて何ひとつとして充分に対処されなかったため、すべての国の現在及び未来世代双方の不可欠なニーズを充足するための持続可能、公平または真に包括的な世界的枠組みを代表すると、SDGsは主張できないのです。

 

歴史的不公正から国際的分かち合いへ

グローバル目標がなぜ「非革新的」であるかという根本的な理由は、極端な貧困のより深い構造上の原因を明確にできていないからです。SDG過程についての主要な文書の言葉の分析が証明するように、グローバル経済のシステムを支持する規則の回避可能な結果として理解されるよりむしろ、貧困は単なる自然界の一部分として受け入れられ、辛うじて対処されるものであり、それは自然発生の「病気」として、誤解を招くよう仕立てられているのです。[32] その結果、人間の剥奪の存在や飢餓、不平等または環境劣化を存続させる政策と制度を改革する能力を持ち合わせない発展アジェンダについての表面的で非政治的な語り口が生み出されるのです。

これらの相互関連した危機の総体的原因は、SDGsの議論外に完全に置き去りにされている搾取の複雑な歴史に根付いています。植民地主義時代から1980年代以降の発展途上国に強制されてきた構造調整プログラムまで、何世紀もグローバル経済を形取ってきた不道徳な政治的決定が、どのように人間の剥奪と環境破壊の真の原因となっているかを歴史が明らかにしています。これらの政策は、裕福な商人と貴族が共有地を私有化し、広範囲な貧困と大量失業によって特徴付けられる人道危機の火付け役となった時代において、16世紀以降行われた囲い込みまで少なくとも遡ることができます。ボックス2は富の搾取活動と不公正な経済規制が緊縮政策、いわゆる「自由貿易」協定、債務ベースの融資、国家規制の縮小、租税回避地、そしてその他多数を通して世界的不平等をどのように今日まで悪化させ続けているかを浮き彫りにします。

 


ボックス2:分かち合うことにおける人類の失敗の長い歴史

「貧困の原因を理解するには歴史を理解する必要があります。千5百年代以前には、人間の発展において西洋と世界のその他の地域の間には識別できる違いはありませんでした。グローバル・サウスの貧困化は、第一にラテン・アメリカの略奪に始まり、それに続いて大西洋奴隷貿易、その後はアジアの植民地化やヨーロッパ人のアフリカの奪い合いにより引き継がれ、この富の搾取構造は西洋の発展に不可欠でした。

その後、資本市場の規制暖和、不可欠なサービスの民営化、社会的、環境的保護の排除、そして法人税並びに労働者の賃金双方への絶え間ない抑圧など新自由主義政策が、主に西側諸国に支持された独裁者や構造調整プログラムによりグローバル・サウス全体に強制されました。これは、20世紀における貧困の唯一の最大原因となりました。なぜなら、それは租税回避地など、富と権力をエリートの手に集中させるために求められるインセンティブ及びシステム双方を生み出したからです。今日、富の搾取プロセスは脱税、土地グラブ、債務元利払い、そして富裕者の利益のために不正に操作された貿易協定、必要とされる場所への僅かな援助(小さい技術的調整の典型的な例)を大幅に越えた富の逆流などの形態で存続します。

従って、富裕国と貧困国の富が分岐し続けることは驚くべきことではありません。あるいは、1%の最富裕層が残りの世界人口のすべての富を合わせたより多くの富を蓄積したことは驚くべきことではないのです」

資料:マーティン・カーク、ジョー・ブリューワー、ジェイソン・ヒッケル、4 Things You Probably Know About Poverty That Bill and Melinda Gates Don’t, Fact Co.Exist, 3rd February 2015. 


 

 

この歴史的視点から、殆どの先進国と発展途上国が、私たちが直面する社会的、環境的危機へ大変異なった貢献をしたことは否定できません。高所得及び低所得国の間の富の広大な格差を考慮する時、これらの問題へ取り組む各々の経済力や技術力にもまた明らかな違いがあります。これらの基本的想定は、発展途上国が自らの発展のためにより大きな責任を請け負うよう圧力をかけられると同時に、広く受け入れられた「共通だが差異ある責任」の指針に記されているにもかかわらず、国連の気候変動の交渉中多くの論争の原因となり、現在SDGsの枠組みにおいて実際上除外されています[ボックス1を参照]。

国際的分かち合いと人権に基づいた革新的な経済的アジェンダを具体化することからは程遠く、世界の貧困者を保護するために既存の政策、規制、そしてグローバル統治の機構を改革するための、一世代に一度あるかないかという機会を回避したことでSDGsは注目に値します。要約すると、新自由主義の教義(民営化、規制暖和、そして公共支出削減など)が不平等と環境破壊を拡大し、その結果持続可能な開発の実践を蝕むことが知られているにもかかわらず、SDGsは大変偏狭な政治的、経済的なイデオロギーを固守し続けています。[33] SDGsはまた、国民所得、国内の農業や工業生産への貿易の自由化の悪影響を実証する広範囲な文献にもかかわらず、自由貿易において因習的な立場をとっています。[34]  FfD3の話し合い中、富裕国から激しい反対に直面し、多くのラテン・アメリカやアフリカの政府は「貿易は自動的に開発へ繋がらない。そして貿易規制が不平等や不公平な競争を激化させるよりむしろ前向きな社会的、経済的、環境的効果を生むことを保障するための条件が確立されるべきである」と論議しました。[35]

ここで述べられていることは何ひとつとして、SDGsが有害であるとか陰謀説であるということを暗示しているのではありません。そして「誰も置き去りにしない」ことに新たな焦点を絞っていることは賞賛に値します。しかし世界の相互連結した危機の深刻さや範囲を考慮すると、持続可能な開発のための2030アジェンダに関して真実を話すことを余儀なくさせます。それは、現在のグローバル経済システムの構造上の不公正へ取り組むための、あるいは開発融資が人々中心であり、そして生物圏を保護することを保証するための約束は何もないということです。2012年の地球サミットリオ+20)の同じように失望的な成果に次いで、SDGsとFfD3交渉の成果は人権の観点から総体的問題に取り組むための国連の使命を更に衰えさせました。それらの目標自体は意欲的で賞賛に値しますが、それらを達成するための実践可能な戦略が顕著に欠如しています。それは、市場原理主義の機能不全な新自由主義パラダイムを更に15年間究極的に存続させる兆候を示しています。簡略すると、SDGsの実行が公平さと不利な力関係の問題へ取り組むであろうことや、またはそれがグローバル経済の政策決定や統治の枠組みを分かち合いの原理が支持する時代へと案内することを示すものは殆どないのです。

 

パート2:世界の貧困に関しての真実を明らかにする

 

上記に浮き彫りにされるように、特に消費主導型の経済成長、貿易の自由化、そして生態学的に不備があり大部分が市場中心の政策解決策に重点が置かれていることを考慮すると、SDGsにおける持続可能性へのフォーカスは表面的で矛盾しています。しかしながら彼らの環境的信用度の低さは別として、新目標の大部分は、基本的ニーズと普遍的人権の保証への必要性を強調することにおいてMDGsと密接に平行しています。世界中の人間の剥奪の状況に関しての公衆の理解に影響を与える試みにおいて、援助国、国際金融制度、ビジネスセクター、そして国連によってでっち上げられた飢餓と貧困の根絶に関する強力な語り口を、実に新目標は反映しています。

公衆のキャンペーン「貧困を過去の歴史としよう」などの呼びかけへの反応として、利害関係者が話す「貧困の物語」は、政府が1990年以来どのように首尾よく貧困を半減させ、2030年までに世界中で飢餓及び貧困の「病い」を完全に根絶させるための一連の新目標に、その後どのように同意したかについて語っています。その物語の教訓は、富裕国の寄付による援助や政策立案者の決定はより良い世界の構築において効果的であり、従ってグローバル経済の機能原理について問う必要はないということです。万人の繁栄を保証するために、私たちは世界の富、権力または資源をより平等に分かち合う必要はなく、更なる消費主義、更なる経済成長、更なる自由貿易、そして更なる新自由主義及び資本主義を必要とするのみです。[36] 

この語り口の成功はひとつは、2015年9月の国連SDGsサミット開始のために着手されたいわゆる「世界最大の宣伝キャンペーン」に負っています。[37] 人間のプログレスに関して誤解を招く作り話を宣伝するための厖大な世界規模の努力は、今日の解決困難なグローバル危機の状況(ミディアで定期的に浮き彫りにされる少数の問題を挙げると、拡大する不平等、広範囲の公共支出削減、ヨーロッパ全体で上昇する失業レベル、そして中東や北アフリカからの前例のない難民の移動)において例え直感に反しながらも、なぜそれが一般人に非常に進んで受け入れられるのか説明しているかもしれません。

政府が飢餓及び貧困根絶への軌道に乗っていると私たちがいくら信じたくても、経済的プログレスについて与えられた知恵が大部分が誤った方向性と誇張に基づいていることを、入手可能なデータのより詳細な調査は示しています。世界の貧困がどのように削減されているかについての主流の語り口は、その構造上の原因へ取り組む必要から注意をそらせ、現実にはSDGsが達成できる以上の更なる緊急の対応を国際社会から要求する壮大なスケールの悪化する危機なのです。同様に、発展途上国での人間の剥奪との戦いに私たちが勝利しているという思い違いは、市場勢力をさらに解き放つこと、そして人々の基本的ニーズの普遍的な確保を保証する国家の役割を衰えさせることに基づいた、グローバル政策決定へのイデオロギー的取り組みを有効化し(そしてそれに私たちをはめ込み)ます。

 

2030年までに貧困を根絶するための軌道に私たちは本当に乗っているか?

正式な国連の統計に基づくと過去25年間で世界の飢餓及び貧困レベルは急激に低下しました。1990年には発展途上国の約半分が1日$1.25未満で生活していたと報告されています。それは2015年までに14%まで著しく減少しました。同じように栄養不良の人の確率は、1990年の23%から今日の13%まで下がったと報告されています。[38] 表向きにはこれは素晴らしいニュースです:生活必需品へのアクセスを賄えない人の数または確率の減少は、正しい方向への一歩であり、賞賛されるべきです。しかし、これらの数字の本当の意味を理解するためには、貧困を測定するための統計的アプローチへのさらに広い視点が必要です。それは、ミレニアム・キャンペーンが実際どれだけ成功したかに関しての私たちの理解に対して劇的な意味合いを持ちます。

MDGsの成功に関しての誇大な宣伝とはまったく対照的に、広範囲な貧困削減へのミレニアム・キャンペーンの効果は非常に疑わしく、測定可能な成果によって政策立案者が「謙虚」になるべきことは明白です。[39] 国際開発の優先項目を明確にするために世界の指導者たちの一連の政治的義務として、MDGsは貧困関係の目標への活動拡大のためにグローバルな枠組みを確立することを促進し、そして間違いなく更なる援助とより良いデータについて効果的に賛成の論を唱えました。しかし、MDGsがなければどうなっていたかということを想定すると、それが著しく効果的だったと考えることは正確ではないでしょう。[40]

例えばアジアでの貧困削減は、国連の開発目標よりむしろ中国の持続的な驚くべき経済成長の時代により推進されたことはよく知られています。[41] 確かに中国はその発展への国家主導型アプローチが、世界の貧困低下の通常の理由とされる市場主導型政策とは異なっていたにもかかわらず、1990年から2015年の間の世界的な貧困削減の大方の理由であり、従ってMDG−1達成の主な理由なのです。中国の成長はまた、商品へのより高い要求率により中国へ輸出を拡大できたアフリカの国々などにも影響を与えました。[42] 他国においての貧困削減は多くの場合、ブラジルで成功を収めたボルサ・ファミリア・プログラムに例証されるように、むしろMDGs自体より国家福祉へのアクセスを改善するよう意図された国内プログラムによるものでした。

MDGsが最初に発想されて以来どのように貧困の測定が発達したかということもまた深刻な懸念の一部です。ジェイソン・ヒッケル博士は、貧困が割り出される方法の変更が、自由市場/新自由主義的な資本主義の直接的な結果として貧困が即急に削減されているという錯覚へ、どのように貢献しているかを述べています[ボックス3を参照]。最も重大なことに、貧困削減のプログレスを測定するための基準年は、ミレニアム・キャンペーン開始のかなり以前にさえ(主に中国で)起こった貧困削減のすべてを包括するために1990年まで戻されたのです。貧困線の割りだし方法の一度ならぬ変更はまた、何百万という人々が一夜にしてMDGs貧困統計から除外されたということを意味しました。様々な分析者が長く議論してきたように、これらの統計的修正はMDGs自体が主張する成功を疑わしいものにし、そして割り当てられた時間枠内で貧困を半減するための目標達成を確実にするために、データが故意に操作されたのではないかという疑惑を投げかけさえします。[43]

 

ボックス3:世界的統計の貧困

1996年の世界食糧サミットの間、政府は第一に栄養不足の人々の数を半減させると誓いました。それは、貧困の中生活する人々の数を8億3千6百万人減らすということでした。これは、2015年までに達成するには野心的な目標として広く考慮されなかったにもかかわらず、それがMDG−1として再構築された時、目標から効果的に1億9千7百万人が削減されました。なぜなら、目標はもはや1日1ドル以下で生活する人の絶対数を測定する代わりに、貧困の中で生活する人の割合に焦点を合わせたからでした。

その後、国連総会がMDG−1を採用した際、貧困レベルにおける変更を測定するための基準日は2000年から1990年までずらされ、それは目標を3億2千4百万人狭めました。この統計操作はミレニアム・キャンペーンの10年前に起こった全貧困削減がMDGsの統計に含まれていたことをもまた意味しました。それは国際発展目標とはなんの関係もない、1990年代に中国で起こった著しい貧困削減を含んでいるのです。

これらの変革は、1996年の食糧サミットで元来誓約された目標数の半分以下に貧困の頭数を劇的に削減しました。実際にはレベルを著しく下げ、1日1ドルの国際貧困線(IPL)の計算法を世界銀行が変更し、巧妙なごまかしが断続されました。この僅かな変更は、1981年から2001年までの間の困窮化した人々の数が、一夜にして更に4億人削減されたことを示しました。同じように、IPLの測定方法の2度目の変更の結果として、更に1億2千百万人が再び2008年に貧困から統計上解放されました。新たな1日$1.25貧困線は、貧困の計算方法へのこれらの変更の結果として、その時成功したように見えたことは間違いありませんでした。

資料:ジェイソン・ヒッケル、Exposing the great 'poverty reduction' lie, アルジャジーラ, 2014年8月21日。


 

世界銀行は貧困を割り出す際に余りにも不完全な技法を使い、従ってその統計は貧困の過酷さを最高40%まで過小評価しているということを、サンジェイ・レディ及びトーマス・ポッジ両教授は適切に証明しています。[44] その上、所得の貧しさは剥奪のひとつの側面でしかなく、栄養不足、医療へのアクセス、そして適切な仕事など他の要素は世界銀行の計算によって説明されていません。キャンペーナーは、剥奪と社会的排除の測定または必需品とサービスへの人々のアクセスをより良く反映する全国的貧困線のどちらかを含む、貧困のより広い定義が使われることを長く提唱してきました。(ソーシャルウォッチの「基本的な能力」アプローチまたは人間の特定のニーズが充足されているかどうかを測定する「権利を基盤とした貧困線」などの)広く支持された代替的な貧困定義の技法は、ただならぬ真実を明らかにする傾向があります。それは、発展途上国の人口の圧倒的大多数が健康的で尊厳のある生活をするための充分な手段をいまだ持たず生活しているということです。[45]

貧困測定の異なった技法の間の並外れた矛盾は、第一に貧困を適切に定義づけることの重要さを明確に示しています。「極度の」貧困を構成する世界銀行の現在の定義は、1日$1.25の国際的な貧困線に幾分か自由裁量を使ったものに基づいています(2008年以前は1日$1に定められていた)。購買力平価説(PPP)の測定基準を使って割り出されるこの過度に低く、大変論議を呼ぶ貧困基準は、しばしば信じられているように、マラウイやマダガスカルのような低所得国においてでなく、米国で$1.25にどれだけ購買力があるかを反映します。基本的な医療サービスのための支払いどころか食糧、水、住居へのアクセスなど人間にとって最低限の必要条件を満たすことさえ、そのような僅かなお金では米国において不可能なことは明らかです。[46] 以前の1日$1(未満でなく)の貧困線で生活する時、3人の子どものうち最高1人が5歳未満で死ぬ危険にいまだ直面していることを、世界銀行の分析さえが示していることは驚くべきことではありません。[47]

少なくともこれは、人間の生存のための最低限の経済的必要条件を正確に反映する道徳的に適切な1日$1の貧困線を、世界銀行とSDGsが採用することを義務付けます。これは、国際連合貿易開発会議 (UNCTAD) が共有する見解です:

「1日$1.25の貧困線は最貧困の表示度数を提供するのみです。この所得レベルを達成することは『健康及び福祉に十分な生活水準を…』(世界人権宣言第25条1)の権利を満たすことからは程遠いのです。この権利を満たすと適度に考えられる1日の最低所得として$5を使い、2030年までに極貧を大部分または完全に根絶しているかもしれない地域においてさえ、貧困は広範囲に渡って残るでしょう」。[48]

このより現実的な国際的貧困線を導入することは、世界の貧困の規模と根強さについての私たちの理解を変革するでしょう。例えば、5ドルより高い基準を使って、中東と北アフリカで約50%の人々が、そして東アジアと太平洋のおよそ3分の1の人々が極貧で生活するとUNCTADは割り出しています。最も不穏なことに、南アジアとサブサハラ・アフリカの人口の約90%がいまだ1日5ドル以下で生活しています。[49]

更に過去20年間における貧困削減プログラムの成功に関する想定は、1日5ドル線が使われる時もはや真実ではありません。世界銀行の統計に依ると、この所得レベルにおける貧困は1981年から2010年まで断続して増加し、約33億から42億まで上昇しました。[50] もしミレニアム・キャンペーンがこのより適切な貧困基準を使っていたなら、MDG−1は明らかに満たされていなかったでしょう。極貧で生活する人々の数を半減させるどころかむしろ、1日$5の貧困で生活する人々の数は1990年より現在14%多いのです。同じように、「全地域から全形態の極貧を根絶させる」ための新目標がもし最終的に満たされたとしても、2030年までに1日$5で生活する人々の数に(もし増加でなければ)意味のある変化がないことは充分あり得るのです。しかしながら、アクションエイドまたは他の組織がまさしく提案するように、富裕国と貧困国の生活様式を比較する時、1日$10の基準が遥かに現実的な貧困測定値であるかもしれません。[51] (米国で使われている1日約$16の正式な貧困線よりまだかなり少ない)このレベルにおいて、世界人口の70%以上にあたる52億人が貧困の中で生活しているのです。[53]

最初のミレニアム開発目標はまた同様に飢餓率を半減させることが目標でしたが、貧困が大変悪化していると同時に世界の飢餓と栄養失調のレベルに全く何も改善が見られないのです。飢餓に関してのプログレスを測定する時、国連は国連食糧農業機関(FAO)による計算に基づき、活動の少ない生活のために必要な「最低限の活動」を可能にするだけのカロリー摂取量基準を使うことを選ぶのです。[54] しかしながら世界の飢餓の正確な理解は、普通の肉体的活動を維持するために必要なカロリー数のより適切な測定を必要とします。学者や市民社会組織は、1年以上持続する活動の少ない生活のために必要とされる、最低限以下のカロリー基準を新たな飢餓の見積もりに基づかせたことでFAOを厳しくとがめ、それゆえそれらの統計は「一般的に理解されるように、飢餓を重度に過小評価」していると論議しています。[55]

「多くの貧困者と飢餓者にとって、恐らく耐え難い手作業を伴う生計手段しかない」とFAOは認識するにもかかわらず、カロリー摂取が千8百カロリーの最低レベルに達するまで飢餓者とみなさないとしました。それは、健康な生活を営むために必要だと世界食糧計画が述べた2千百カロリーより遥かに低いのです。[56] それ故、より適切なカロリー基準はFAOによって測定されるように、「普通」の肉体的活動維持のためのエネルギー必要量に基づくべきです。このさらに高基準の統計に基づくと、15億2千万人が飢餓の中で生活しています。それは、1990のそれと全く同じ数字であり、MDGsの結果、飢餓レベルが半減されたという主張と矛盾します。(FAOの「激しい」活動レベルに基づき)発展途上国における生活と労働に多くの場合要求される高カロリー基準をもし使うなら、25億人が飢えていることになるのです。それは、1990年から2012年までの間に3億人以上増加したということです。[57]

 

回避可能な死の隠された緊急事態

「私たちは極貧から極度に隔離され生活している。1週間に72時間の厳しい繰り返しの労働で$30未満を稼ぐ人を私たちは誰一人として知らない。貧困関係の原因から死ぬ人類の3分の1の誰1人とも時間を共にしたことがない。また、これらの死人を知っており、気にかける人を私たちは誰一人として知らない。例えば、飢餓、下痢または麻疹で子供を失った経験に怯える誰か。もし私たちがそのような友人または近所の人を知っていたなら、この永続する大惨事を止めさすために世界の貧困と労働についてもっと一生懸命考えているだろう」[58]

明らかに世界の貧困の現実についての更なる詳細な探査は、MDGが「歴史上最も成功した反貧困運動であるという、パン・ギムン国連事務総長の主張を台無しにします。[59] それどころか上記に述べられた批判的な分析は、たとえSDG−1が2030年までに満たされたとしても、1日$5の貧困を必ずしも削減しないでしょう。そして以前論議されたように、それが構造上の原因に取り組むことは確実にないでしょう。国連の貧困の統計に関するこの批評は、世界の貧困レベルについて真実を浮き彫りにするために必要である一方、貧困及び飢餓のより高い基準/線?に基づいたより適切な統計は、それでも人間の視点から生命を脅かす剥奪の意味合いを完全には説明しません。特に、世界の貧困者と殆どまたは全く接触を持たない富裕国に住む私たちにとっては。この報告を読んでいる殆どの人にとって、グローバル・サウスの何百万という人々が経験する不必要な苦しみの規模は、主流ミディアのレーダーの遥か下方に隠されており、政治的スペクトラムの両側における政治家にその大部分が無視され、そして現代の消費主義社会で「なんとか生活していく」ことに必死な典型的市民の関心を越えているのです。

ミレニアム及び持続可能な開発目標キャンペーン双方のプロパガンダによって強化された、世界の貧困の真の規模と過酷さに関する永続する公衆の認識の欠如を考慮すると、人間の営みに対する極度の剥奪の真の影響をより良く説明するために、抽象的で多くの場合意味のない「1日$1」統計を解釈し直すことは必要です。そうすることにより、道徳的に容認できる時間枠内でこの危機を阻止することに集団で失敗し続けることのより広い社会的、倫理的、そしてまた霊的な意味合いさえをも考慮することを、それは私たちに止む無くさせるのです。

世界銀行の統計は、生活必需品へのアクセスを見送ることが実際何を意味するかについて不穏な事実を隠しています。国際連合人口基金からの統計に基づいたギデオン・ポリア博士の計算に依ると、主に低所得国で命を脅かす剥奪の結果、千7百万以上の「回避可能な死」が毎年起こっています。[60] この統計の影響力の大きさは、世界保健機関のデータを使ったSTWRによる以前の見積もりと同様、国連機関により定期的に発表される統計の多くにより裏付けされています。[61] その言葉が示唆するように、これらの予防可能な死は何百万という人々が極度の剥奪の状況下で生活し、栄養価値のある食べ物または安全な飲み水さえなど、富裕国の人々が長年当然のこととしてきた必需品とサービスへのアクセスを単に賄うことができないため起こるのです。想像を絶する方法で世界の文化的、経済的発展に貢献していたかもしれない罪のない約4万6千5百人の男女子供の命が毎日不必要に無駄にされている時、この断続する惨事の規模をいくら誇張しても充分ではありません。

 

ボックス4:回避可能な生命を脅かす剥奪に関する手短な記述

-ミレニアム開発目標に関する最終報告は、毎日約1万6千人の5歳未満の子供が主に回避可能な原因から死亡していると見積もりました。[62]

-緊急の国際的な取り組みなくしては、おおよそ7千万人の5歳未満の子供が2030年までに、主に回避可能な原因から死亡するでしょう。[63] 

-子供の死の3分の1は栄養失調が原因です。

-飢餓は健康への世界最大の危険であり、エイズ、結核、そしてマラリアを合わせたより多くの人々を犠牲にしています。

-国連の正式な統計に依ると、北アメリカと欧州連合の人口を合わせたより多くの飢餓者が世界にいます。

-2015年、3人に1人(240億)が充分な水及び衛生設備へのアクセスをいまだ欠いています。[64]

-気候変動は年間40万人の死の原因となっていると推定されており、特に最低所得国においては飢餓と伝染病が原因となっています。[65]

-発展途上国の政府の財政力を考慮すると、$1.25の極貧線へ人々を持ち上げ、基本的なヘルスケアへ資金を供給し、そしてすべての子供を学校へ送るのに必要なお金の転送を融資するために、約750億ドルが必要でしょう。[66]


 

もしこれらの死が、テレビのスクリーンを通して毎晩一般人に放送されていたとしたら、公衆の対応は、中東、北アフリカ、そして他の場所の紛争と経済的不安から逃れ、ヨーロッパの海岸へなだれ込む難民の劇的なイメージへの心情あふれた反応より、更に慈悲的であったであろうことは疑いありません。しかし激化する難民危機とは異なり、主流メディアは貧困関連からの死者の毎日の総計数へ注目を集めることができずにいます。なぜなら、主にそれは様々な発展途上国全体に広がり、隠され、慢性的な問題だからです。それ故、この規模の人命の損失を想像することまたは犠牲者の家族やコミュニティへのその影響の量を測ることはおよそ不可能です。それにもかかわらず、年間の回避可能な死亡率は第2次世界大戦以来、他のどのような単独の歴史的出来事からの死者数をも遥かに上回り、そして犠牲者の約半分は幼児なのです。[67]

もしこの非道さが現在の割合で続くなら、インドネシアの総人口に価する、さらに約2億千5百万人の命が2030年末までに失われることが可能です。今日の技術的進歩と人類の利用可能な総額263兆ドルの豊かさを考慮すると、これらの回避可能な死の厖大さは、世界的大虐殺またはホロコーストに価します。[68] この日々の死者の津波を私たちはどれだけの間、衰えさせることなく断続させるのでしょうか。

疑いなく、人類は壮大な規模のグローバルな非常事態の真っ只中にいます。それは今日の断片的で表面的な発展へのアプローチを超える、前例のない国際的な対応を必要とします。飢餓と貧困の真の原因への取り組みにおける世界の指導者たちと政策立案者の失敗は、回避可能な人間の死の根絶を要求することが直接的に一般人の肩に乗っていることを意味します。それによって、地球資源のより公平な分かち合いに確固として基づいた、一新された経済発展モデルのための道を整えるのです。

STWRが以前の報告で詳細に述べているように、政府は、租税や債務正義から道理に合わない補助金の向け直しまで、広く支持された広範な再分配手段を通して不必要な剥奪を根絶するために年間何兆ドルをも募ることができます。[69]  国際機関は回避可能な死を防ぐために必要な知識、能力、そして専門知識をすでに持ち合わせており、そして彼らを支援できるシステムと制度は長く存在してきました。それ故、世界の政府がSDGsアジェンダを集団で超越し、第一のグローバル優先事項として万人の基本的なニーズ確保のために、コストがいくらかかろうと最終的に最大限可能な努力を投入さえするなら、命を脅かす剥奪の防止における比類のない国際的取り組みをするための必要条件はすでに揃っているのです。

経済的な分かち合いの国際プログラムのためのブラント委員会の提案以来、政策立案者は人道危機の広大な規模に見合ったやり方で、飢餓と貧困の根絶について考慮しませんでした。[70] しかしながら、広範囲の好意的意見にもかかわらず、「ブラント報告」で提示された緊急プログラムを実施する必要な政治的意志が1980年代初期には欠如していました。[71] 人類はこの無関心レベルをもはや持続することはできません;私たちが行動を怠る毎日において、この豊かな世界で無数の人々が不必要に死に追いやられるのです。従って、回避可能な貧困関係からの死者数の世界規模の非常事態について更に何百万という人々が目覚め、そして前例のない政府の行動への要求を先導するのは絶対不可欠です。この報告の最終セクションが断言するように、万人の共益のために惑星地球を分かち合うことの未来の可能性は、グローバル意識のこの転換にかかっているのです。

 

パート3:極度の人間貧困の緊急事態を終わらせる

上記のセクションは、持続可能な開発目標はその前向きで進歩的な巧言にもかかわらず、グローバル経済を再構築し、私たち共有の惑星内で万人の基本的ニーズを充足するための斬新なアジェンダの性質を事実持ち合わせていないことを論議しています。更には、人類の大部分にとって生活は改善しており、規制されない経済成長と通常通りの開発が未来へ無期限的に断続することができ、そして世界は2030年までに貧困を完全に根絶する軌道に乗っているというSDGsの話法を支持する基本的想定は、致命的に欠陥があり誤解を招きます。

これらの理由により、即急の時間枠内で不必要な人間貧困を根絶するために必要な緊急対策や広範囲な構造上の改革の成立に失敗する傍ら、時代遅れの経済パラダイムを追求し続ける世界の政府を更なる政策提案または代替的アイデアへ方向付けるのは無駄です。代わりに、世界の貧困者との結束や、歪曲した優先項目の根本的再調整を政府へ要求することに基づいたグローバル転換の戦略を、市民社会団体と従事する市民が導入することを私たちは提案します。

 

「すべての運動のムーブメント」を動員する

「SDGsは変革の炎を象徴しない。事実、それらは注意を逸らすための単なるのろしのようなものだ。私たちが直面する挑戦の真の深さを認識する人々のムーブメントの構築を促進するために、SDGsが憤慨の火付け役となる可能性の中に現在希望がある」[72]

もし世界のアジェンダを策定する機関が世界の貧困の規模を著しく過小評価しており、そのさらに深い構造上の原因を見つけられないでいるなら、ついで私たち一般市民はどのように対処すべきでしょうか。私たちが選んだ政府の行為に表わされているように、緊急な人間のニーズ充足のための私たちの集結した努力が悲惨にも世界規模において不充分なことを考慮すると、世界の命を脅かす剥奪の純然たる規模への私たちの反応はどうあるべきでしょうか。明らかに、SDGsに記された鼓舞的なグローバル目標に関係なく、貧困関連の原因から日々死んでいく4万6千以上の人々は、彼らの基本的な社会的、経済的権利の達成を政府が保証することを2030年まで待つことはできません。

最初の例においては、この拡張する人道危機の真の現実へ公衆の注目が向け直されるまで、命を脅かす剥奪の非常事態を他のすべての優先項目を超える優先事項として国際社会が扱う展望は全くありません。認識ある世論を世界的に駆り立てることは、貧困削減に関する主流の偽りの語り口や豊かな社会の中での大衆の認識の一般的欠如を考慮すると途方もない挑戦です。しかし、過度の不平等の真っ只中にある極貧の不公正への世界規模の集団的な目覚めなくしては、この永続する惨事を根絶することから人類を長く邪魔してきた企業の貪欲や自由市場のイデオロギーを征服するパワーを持った、市民のグローバル・ムーブメントを動員することは不可能であり続けるかもしれません。[73]

世界中で前例のない数の市民を参加させる、街頭での大規模な非暴力的抗議デモの必要性を宣言する著名な思想家がすでに多く存在します。しかしながら全体としてのグローバル正義のムーブメントは、その中の多くがこの瞬間貧困関連の原因から死ぬ危険にある、声を持たない社会的に排除された貧困者の決定的ニーズへの協調されたフォーカスをいまだ欠いています。STWRが繰り返し論議してきたように、これらの声を持たない群衆の基本的権利が優先され、支持されるまで、完全に道徳的または包括的な意味での世界転換はあり得ないでしょう。そしてそれは前例のない街頭での大衆の動員を必要とするでしょう。豊かな世界において分かち合いがもし何かを意味するなら、それは世界の人々と政府の第一の懸念として、確実に飢餓と極貧の防止を意味するに違いありません。地球温暖化を制限する政策を制定するよう政治的代表者を即すことを試みる市民社会の著しい動員を、私たちは現在目にします;しかし、道徳的に許すことのできない飢餓と生命を脅かす剥奪の即急な根絶を要求する大規模な大衆抗議デモは、遥か昔に行われているべきだったのです。

ここでその概要が述べられている市民参加のヴィジョンは、現代歴史の中で起こったことの全てを超越しながらも、世界の何百万人という貧困者や剥奪された人々の最後の希望を象徴するかもしれません。アラブの春から様々なオキュパイ野営地まで近年における人々の鼓舞的なムーブメントはどれひとつとして、彼らの状況へのやむ得ない反応としての抗議デモや、そしてもっぱら国家的または単一争点の目標を超えることも、あるいはグローバルな政策提案へ意味のある影響を与える共有の要求を明白に発言することもできませんでした。比較的少数派である熱心に取り組むキャンペーナーや活動家だけでなく、グローバル公衆の厖大なセグメントを参加させる真に結束した社会的ムーブメントなくして、私たちがより公平な世界を実現することは決してないかもしれません。莫大な人数で街頭を行進し、全側面における飢餓と貧困の不公正の根絶を支持する圧倒的な公衆の声をつくりだすことや変革への義務は、直接に私たち全員、参加する一般人の肩にかかっているのです。

 

世界人権宣言第25条の普遍的実現を要求する

「このすべてのために、発展のための新たなアジェンダの実現の最も簡単で最良の方策と指針は、万人のための必須材料及び霊的物資:住居、尊厳を伴う適切な報酬をもたらす雇用、充分な食糧と水;宗教上の自由、そしてより一般的に、霊的自由及び教育への効果的、実際的、そして緊急のアクセスでしょう。これらのなくてはならない人間発展の柱は共通の基礎を持っています。それは、生への権利、そして更に一般的に私たちが人間の本質の存在自体への権利と呼べるものです」- フランシスコ法王[74]

STWRの創始者モハメッド・メスバヒはこれから先の決定的な期間において、第一の懸念として長く合意されてきた第25条の人権への支持を善意の一般人に要求するであろう、世界の大多数派である貧困者のために声を発する、大規模な公衆のデモンストレーションを鼓舞するための明快な戦略を提案しました。[75] 政府が歪曲した優先項目を再調整し、グローバルな経済システムを著しく改革し、そして最終的に世界情勢に分かち合いの原理を実現するまで、万人の充分な食糧、住居、医療及び社会福祉への基本的権利の普遍的実現を集団で要求することを、すべての国の何百万人という市民が要求する時が来ているのです。 

道徳的及び戦略的双方の観点から、莫大数の人々の間で第25条を布告することは、政治的惰性と政府の自己利益を乗り越えるグローバル市民のムーブメントを生むための、唯一の実行可能な道を象徴するかもしれません。1日$10未満で生活する中で苦闘する世界人口の70%以上を持って、基本的な社会的、経済的権利を保障するという共通目標が、斬新な変革のための共通プラットフォームにおいて異なった大陸の無数の人々を世界中で結束させることは間違いありません。もしこれらの抗議デモ活動が主流の政治的あるいはメディアの議論の主題となるなら、低所得国の極貧者と共に富裕国のかつてデモに参加したことのない、様々な経歴とバックグラウンドを持ったすべての人々が間もなく参加するかもしれません。メスバヒが彼の執筆の中で詳細に渡り明確にしているように、そのような抗議デモ活動は平和的、断続的、完全に包括的かつ非イデオロギー的であり、そして国際的非常事態に基づき極度の人間の貧困を終わらす目標を根本的な動機とする必要があります。[76]

一般人が何百万人という数で結束し、大規模な断続する世界規模のデモンストレーションを通して第25条の根本的権利を支持しない限り、「すべての場所の全形態における」貧困の根絶を私たちが目にすることは決してないかもしれません。しかしながら不必要な貧困関連の死の即座の根絶を支持する世界世論を活性化させることは、終わりそのものでなく、世界の社会的、環境的危機の根本原因の取り組みへの最初の主要なステップとして考えられるべきです。例外なくすべての人のために第25条の人権を守り、促進し、そして実現することを、人々の意志によりもし政府が著しく強制させられるなら、ひいてはそれがグローバル経済の構造の劇的な改革と地球資源の大規模な再分配を要求するのは当然のことなのです。

より公正で持続可能な世界を開始させるために必要な政策と転換を指摘する分析は絶えませんが、従事する市民にとって最も緊急の問題は、一般人へ真のパワーを返還することができる「すべての運動のムーブメント」をどのようにつくるかということに関連していなければなりません。STWRの視点から、世界情勢でそのような反パワーを動員することへの鍵は、総体的な解決策や持続可能性の問題のみに集中するのではなく、人類の最も恵まれないメンバーのために真の正義を要求することにも公衆の注目を向け直すことです。従って、第25条の人権を即急に保障するための政府への世界的要求は、現在と未来世代のニーズへ真に取り組むことができる代替的な発展形態への道を最終的に整える、結束した人々の声の構築へ向かっての「抵抗最小限の道」を象徴するかもしれません。[77]

「最貧困者と最貧国を食い物にし続ける傍ら、貧困の根絶に携わっていると公言する政府の二枚舌をもし理解できるなら、恐らくそれは私たちが目を覚まし彼らに問う時です。なにが足りないのか?豊かな世界の中で飢餓から人が死んでいくのを止めるための愛、思いやり、良識はどこにあるのか?恐らく私たちは皆で貧困の根絶に関する政府のサミットや秘密会議に押し入り、政治的代表者たちに一同に問うべきです。『もし本当に貧困者を助ける気があるなら、拘束力のない開発目標を定めることや不充分な外国援助を再分配するだけの代わりに、なぜすべての国の間でより平等に世界資源を分かち合わないのか?』

そしてもし飢餓の不正を二度と起こさないようその根絶に私たち一般人が真に関心があるなら、次いで同じ疑問を自分たちに問うべきです。何が足りないのか?絶望的な貧窮が永続する状態の中で生活する人々の基本的権利を守るための思いやり、慈悲、関心はどこにあるのか?私たちを代表して、貧困国へさらなる援助を送るよう政治家に圧力をかけることが充分なのか、それとも、同じ人間への私たちの愛が政府の面前にでてこう言うことを余儀なくさせるのでしょうか。「この恥ずべき状況が続くことは不可能です。あなたがたの最優先事項として、私たちの飢えた兄弟姉妹を救う時です!」どのような教育と条件付けがこのような事態を受け入れるよう私たちを成らしめ、世界の政府に要求することから何が私たちを止めているのでしょうか。足りない部分はどこにあるのか?!」[78]

 

注釈


[1] World Commission on Environment and Development, Our Common Future, 1987.

[2] Deborah Hardoon, Wealth: Having it all and wanting more, Oxfam International, January 2015.

[3] WWF, Living Planet Report, 2014; see also ‘The Earth Statement’ written by 17 of the world’s leading scientists which states that there is a 1 in 10 risk of going beyond 6°C by 2100: <www.earthstatement.org>

[4] STWR, A primer on global economic sharing, June 2014.  

[5] The 17 global goals - officially named the 2030 Agenda for Sustainable Development - were ratified by United Nation's member states in New York on 25th September 2015. <www.un.org/sustainabledevelopment>

[7] An ambitious campaign to 'hack' the official logic of the SDGs agenda was initiated by the US-based watchdog group, The Rules, in September 2015. For more on this initiative and associated campaign materials, visit <www.therules.org>

[8] “Everyone has the right to a standard of living adequate for the health and well-being of himself and of his family, including food, clothing, housing and medical care and necessary social services, and the right to security in the event of unemployment, sickness, disability, widowhood, old age or other lack of livelihood in circumstances beyond his control.” – Article 25.1, UDHR.

[9] United Nations Department of Economic and Social Affairs, United Nations World Economic Situation and Prospects, 2015, Chapter 1: Global Economic Outlook.

[10] United Nations Conference on Trade and Development (UNCTAD), World Investment Report, 2014.

[11] Share The World’s Resources, Financing the Global Sharing Economy, October 2012, see part 3: chapter 5.

[12] Global Financial Integrity, Illicit Financial Flows from Developing Countries: 2003-2012, December 2014. See page 12, Chart 5: Real Illicit Financial Flows, Official Development Assistance, & Foreign Direct Investment.

[13] See the joint civil society statement, Reclaim our future. Oppose the corporate “development” agenda, July 2015, <www.peoplesgoals.org>

[14] Bhumika Muchhala, U.N. Post-2015 Development Agenda Adopted Amidst Closed-Door Deals, Inter Press Service News Agency, 7th August 2015.

[16] These are: Transforming Our World, the 2030 Agenda for Sustainable Development <https://sustainabledevelopment.un.org/post2015/transformingourworld>, and the Addis Ababa Action Agenda (AAAA) of the Third International Conference on Financing for Development (FfD3) <www.un.org/esa/ffd/ffd3>

[17] Final statement from the UN’s Women’s Major Group, Women’s “8 Red Flags” following the conclusion of the Open Working Group on Sustainable Development Goals (SDGs), 21st July 2015.

[18] See the OECD’s latest statistics on ODA <http://www.oecd.org/dac/stats/>  

[19] United Nations Conference on Trade and Development, World Investment Report 2015 - Reforming International Investment Governance, March 2015.

[20] Tim Jones, Sustainable development goals promise little respite for indebted poor countries, The Guardian, 23rd September 2015.

[21] Barbara Adams and Gretchen Luchsinger, Fit for Whose Purpose, Global Policy Watch, 27 July 2015; Susan George, Shadow Sovereigns: How global corporations are seizing power, Polity, 2015.

[22] Joint appeal of remarkable professionals and experts to address the problem of inequality in the Post-2015 Framework. Letter adressed to Dr. Homi Kharas, 19/3/2013, DC. < http://issuu.com/post-2015framework/docs/inequality_letter/1>

[23] Alex Cobham, Luke Schlogl and Andy Sumner, Inequality and the Tails: The Palma Proposition and Ratio Revisited, Department of Economic & Social Affairs, Working Paper No. 143, July 2015.

[26] David Woodward, How progressive is the push to eradicate extreme poverty?, The Guardian, 7th June 2013.

[27] Tim Jackson, Prosperity without Growth: Economics for a Finite Planet, Routledge, 2011.

[28] Andrew Simms, David Woodward, Growth Isn't Working, New Economics Foundation, January 2006; Victoria Johnson, Andrew Simms and Peter Chowla, Growth Isn't Possible, New Economics Foundation, January 2010.

[29] Lewis Akenji and Magnus Bengtsson, Making Sustainable Consumption and Production the Core of the Sustainable Development Goals, Institute for global environmental strategies discussion paper, January 2014. See conclusion on page 20.

[31] For example, Tim Jackson has proposed that the ‘contraction and convergence’ model could be applied to the extraction of non-renewable resources, the emission of wastes, the drawing down of groundwater and the rate of harvesting renewable resources. Tim Jackson, Prosperity without Growth, op cit., see p. 174. 

[34] Share The World’s Resources, Financing the Global Sharing Economy, October 2012, see part 3: chapter 10.

[35] Regions Refocus 2015 and Third World Network (TWN) with Development Alternatives with Women for a New Era (DAWN), A Geopolitical Analysis of Financing for Development (FfD3), August 2015.

[36] Martin Kirk, How To Feel Good About Global Poverty, Fast Co.Exist, 2nd September 2015; Joe Brewer, Hacking the SDG Discourse, Medium.com, 31st August 2015.

[38] United Nations, The Millennium Development Goals Report 2015, 2015.

[39] Charles Kenny, Andy Sumner, More Money or More Development: What Have the MDGs Achieved? Center for Global Development, See conclusions pages 23-24.

[40] Sakiko Fukuda-Parr, Joshua Greenstein, How Should MDG Implementation be Measured: Faster Progress or Meeting Targets? International Policy Centre for Inclusive Growth working paper, May 2010.

[41] Jose G. Montalvo, Martin Ravallion, The pattern of growth and poverty reduction in China, Journal of Comparative Economics 38 (2010) 2–16.

[42] Acha Leke, Susan Lund, Charles Roxburgh, and Arend van Wamelen, What’s driving Africa’s growth, McKinsky & Company.

[43] Adam Parsons, Should we celebrate a decline in global poverty?, STWR, 16 March 2012.

[44] Sanjay G. Reddy and Thomas W. Pogge, How Not to Count the Poor, Columbia university, 29 October 2005.  

[45] Social Watch, The Basic Capabilities Index: It's not about money, 2011; David Woodward, How poor is ‘poor’?, New Economics Foundation, July 2010.

[46] David Woodward, op cit.

[47] Wagstaff A, Child health on a dollar a day: some tentative cross-country comparisons. Soc Sci Med. 2003 Nov;57(9):1529-38

[48] United Nations Conference on Trade and Development, Growth and Poverty Eradication: Why Addressing Inequality Matters, Post-2015 Policy Brief No. 2, November 2013.

[49] Ibid.

[50] According to the World Bank's PovcalNet website, 4.182bn people lived below PPP$5/day in 2011, which is the latest data currently available. Data retrieved from http://iresearch.worldbank.org/PovcalNet/index.htm?1,0 [accessed 23 September 2015]

[51] ActionAid, Post 2015: business as usual or bending the arc of history?, September 2013, p. 5.

[52Laurence Chandy and Cory Smith, How Poor Are America's Poorest? U.S. $2 A Day Poverty In A Global Context, The Brookings Institution, August 2014.

[53Data retrieved from http://iresearch.worldbank.org/PovcalNet/index.htm?1,0 [accessed 23 September 2015]

[56] FAO, WFP and IFAD, op cit. See box 1 page 12.

[57] FAO, WFP and IFAD, op cit. See figure A2.2 page 55. See also: Jason Hickel, The hunger numbers: are we counting right?, The Guardian, 17 July 2015.

[58] Thomas Pogge, World Poverty and Human Rights, Polity, 2004, p. 4.

[59] United Nations, The Millennium Development Goals Report 2015, New York, 2015. See foreword by Ban Ki-Moon.

[60] Figures based on research by Dr Gideon Polya using data from the United Nations Population Division, World Population Prospects, 2013 Revision: http://esa.un.org/unpd/wpp/unpp/panel_population.htm. Note that China is excluded from these estimates. As Dr Polya explains: “Avoidable mortality (avoidable death, excess mortality, excess death, deaths that do not have to happen) can be defined as the difference between actual deaths in a country and deaths expected for a peaceful, decently-run country with the same demographics (i.e. similar birth rate and age distribution). For relatively high birth rate Developing World countries the baseline death rate is about 0.4% or 4 persons per 1,000 of population each year. However, for the Developing World (minus China) (2015 population 4,632 million) the death rate is 7.7 deaths per 1,000 of population per year (2010-2015), this yielding an avoidable death rate of 7.7 - 4.0 = 3.7 avoidable deaths per 1,000 of population per year, and 3.7 avoidable deaths per 1,000 of population per year x 4,632 million persons = 17.1 million avoidable deaths annually.” See: Gideon Polya, ‘4 % Annual Global Wealth Tax To Stop The 17 Million Deaths Annually’, Countercurrents.org, 27 June 2014. See also: Gideon Polya, ‘Body Count. Global avoidable mortality since 1950’ that includes an avoidable mortality-related history of every country since Neolithic times, <http://globalbodycount.blogspot.com

[61] In 2012, STWR calculated that around 15 million people die needlessly every day from poverty related causes. Calculations were based on figures from the World Health Organization, Disease and injury regional estimates, Cause-specific mortality: regional estimates for 2008. Only communicable, maternal, perinatal, and nutritional diseases were considered for this analysis, referred to as ‘Group I' causes by the WHO. Ninety six percent of all deaths from these causes occur in low- and middle-income countries and are considered largely preventable.

[62] United Nations, The Millennium Development Goals Report 2015, op cit.

[64] United Nations, The Millennium Development Goals Report 2015, op cit.

[66] Kevin Watkins, This year’s development summits have many mountains to climb, The Guardian, 20th January 2015.

[67] Since the Second World War, in which around 60 million people lost their lives between 1937/39-1945, there is no evidence of 17 million people dying as a result of any one specific event in a single year. In comparison, the ten deadliest natural disasters of the entire 20th century led to the death of around 5 million people.

[68] Credit Suisse, Global Wealth Report 2014, Zurich, September 2014.

[69] Share The World’s Resources, Financing the Global Sharing Economy, see part 3.

[70] See: STWR, The Brandt Report: A Summary, January 2006.

[71] While not all of the Brandt Commission’s recommendations are appropriate in today’s world considering its emphasis on increased trade liberalisation and global economic growth, there is still much that civil society campaigners and policymakers could draw from its “program of priorities”. Above all, this includes the proposed five-year Emergency Programme that would necessitate massive resource transfers to less developed countries and far-reaching agrarian reforms, as well as major reforms to the international economic system. The Commission also called for a new global monetary system, a new approach to development finance, a coordinated process of disarmament, and a global transition away from dependence on increasingly scarce non-renewable energy sources. In line with the Brandt Commission’s spirit and vision for a more equal world, it is high time that governments committed to an extensive UN-led consultation process (with full input from civil society) on how to reform and restructure the global economy in order to address today’s interlocking financial, economic, political and environmental crises.

[72] Fionuala Cregan, Igniting the Communal Fire: What the SDGs Could Learn from Indigenous Peoples, Commondreams.org, 25th September 2015.

[73] Those actively involved in the Occupy protests in the fall of 2011, for example, represented only 0.1 percent of the United States – enough to have a huge impact on mainstream debate, but not enough to create any lasting impact on government policies and priorities. For more on this issue, see: STWR, Sharing as our Common Cause, December 2014, www.sharing.org/information-centre/reports/sharing-our-common-cause#A world in crisis

[75] Mohammed Mesbahi, Heralding Article 25: A strategy for world transformation, Share The World’s Resources, July 2015.

[76] Mohammed Mesbahi, Heralding Article 25, part three, op cit. See also the ongoing series of publications entitled: Studies on the Principle of Sharing <www.sharing.org/information-centre/articles/studies-principle-sharing>

[77] For a fuller investigation of these premises, see Mohammed Mesbahi, Heralding Article, op cit.

[78] Ibid. 


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