世界資源を分かち合う (STWR) ― イントロダクション

STWR
2010年12月26日

21世紀に適応した持続可能な国際経済は、人類の相互依存関係を支える新しい倫理的枠組みに基づかなければなりません。『世界資源を分かち合う(STWR)』の新しい報告によると、経済的分かち合いの過程は、世界の必須資源や必需品、必需サービスを万人が利用できるよう保障することができます。


人類はまさに崖っぷちに立っています。国連設立以来、継続して行われる開発努力にもかかわらず、国際社会は地球規模の貧困や環境の劣化に終止符を打てずにいます。世界の半分以上が未だに必要最低限の食糧、きれいな水、必須医薬品を十分入手できずに苦しんでいます。国際経済を動かす政策は、貧富の差を明らかにし、地球上の天然資源をめぐる紛争を引き起こし、地球上の生命を脅かす生態環境の危機をもたらしています。

公平で持続可能な世界への新しい青写真が緊急に必要とされています。国民国家はかつての利己主義の追求や競争を超え、世界資源を管理するために分かち合いと協力に基づいた代替的アプローチを受け入れていかなければなりません。人類史上の危機的な岐路に立つなかで、団結した国際市民のみが、ゆがんだ優先順位を整理し直し、より効果的に協力し、より公正に世界資源を分かち合うために政府に圧力をかけることができるのです。極めて重要な最初の一歩は、政府が飢餓と不必要な貧困の撲滅への緊急国際支援計画を実施することであり、続いて環境的制限内で万人の十分な生活水準を確保するために国際経済を長期的に変容させることです。 

このパンフレットは、地球資源の分かち合い(STWR)の研究や運動の根拠となる主要なアイデアを紹介しています。― 世界資源の分かち合い(STWR)は国連経済社会理事会の協議資格を持つアドボカシー団体です。


もくじ

 


イントロダクション

21世紀の到来とともに、人類は厳しい現実に直面しています。2008年の世界株式市場の崩壊後、数十年間にわたり支配的経済モデルを動かしてきた限りなき貪欲、身勝手さや競争に対して世界中の人々が疑問を抱いています。しかし、この経済破綻は数々の相互関係を持つ長期的な危機のひとつにすぎず、そのような様々な危機が相まって、主に南半球にいる何十億もの人々への基本的生活必需品が欠如した状況をつくりだしています。気候変動による壊滅的な損失や財政混乱が起こるにつれ、我々の社会的、政治的、経済的構造をさらに公正で持続可能な方向へ転換するための緊急性が浮き彫りになり、もはや無視できなものになっています。

前途に横たわる難問に対処するため、このパンフレットは進化や発展が人類にとって何を意味するのかということ対して新しい理解の必要性の概要を述べています。我々の経済システムは人間性に対する時代遅れの想定に基づいていますが、そうではなく、我々の至高の理想を反映させた普遍的な価値や倫理に定着したものでなければなりません。現在、科学者らは、人類は生来協力し、分かち合う性質を持っているということを認めおり、このようなシンプルな原理が政府間の経済的関係を変容させる鍵を握っているのです。

世界中の国々の相互依存関係や貧困、不平等や気候変動の構造的要因に対する明確な理解に基づいた、生き残るための計画がまさに必要とされているのです。地球の天然資源を管理し持続可能に消費し、必需品や不可欠のサービスをより公平に分配することを保障する新しい方策が緊急に必要とされています。前途に横たわる課題は未曾有であり、途方もなく、国際経済の根本的な変化を要しています。しかし、これこそが不安や剥奪のない、より平和で調和のある世界を共に創造する唯一の道なのです。

このパンフレットは我々が直面している危機の概論を述べ、政府が容易に活動家、学生や問題意識の高い市民を支援するための方法を示しています。また、どのように国家の利己主義の追求や国際競争力が自己破壊を招いているのか、そしてどのように商業市場が全人類の必需品を確保できずにいるのかに対して最もシンプルな表現で説明しています。 人々を積極的に社会生活に参加させるオルタナティブ経済の実践を提案し、飢餓や不必要な貧困を急速に根絶する緊急再分配のための短期的計画を推奨し、さらに国際経済の長期的構造改革に必要な要点を示しています。つまり、これらの見解は、協力と分かち合いの不朽の法則に導かれた持続可能な未来の世界への実践的な構想を提供しているのです。


危機                                                                       


我々は、相次ぐ未曽有の危機に直面しています。国益を守ることに対する古い執着。どんな犠牲も惜しまず利益を最大化させようという欲動。経済成長への物質主義的追求。これらは世界の貧困層に利益をもたらすことを怠り、地球に破滅的結末を引き起こしています。現在、人類史上最も広範囲に飢餓が蔓延しており、近年の食糧の記録的豊作にもかかわらず、2009年に10億人という数字を超えました。少なくともアメリカ合衆国の人口の4倍以上に相当する14億人が極度の貧困にあえいでいます。世界の5人に1人がきれいな飲み水を利用できません。10億人以上が基本的医療サービスを受けられません。さらに10億人以上(その多くが女性)が基礎教育を受けられずにいます。毎週、11万5千人以上がアフリカ、アジア、ラテンアメリカのどこかのスラムに移住しています。毎日、約5万人が生活必需品を奪われたがために不必要に死んでいます。

これらの膨大な課題に対して、国際援助のほとんどは効果が薄く、不適切で政府にすべての地球市民の必需品を確保させる上で役に立たないということが証明されました。先進国は経済が低迷する以前から対外援助を削減していた一方で、合意した援助の目標額である富裕国のGDP(国内総生産)の0.7パーセントは目標が考案された40年前から一度も達成されたことはありません。ミレニアム開発目標がたとえ2015年に達成されたとしても飢餓や極度の貧困の発生率を単に半減させるにすぎないため、何億もの人々が栄養不足や貧困に苦しむ状態を放っておくことになるのです。2008年後半には、経営破綻した銀行を救済するために数兆ドルが迅速に集められるなか、富裕国の政府が世界の貧困層を救済するためにこの金額のほんのわずかも支払う余裕がないなど、もはや理解不可能です。

国内、国家間の双方における永続的な貧富の差が我々の政治、経済問題の核心における危機なのです。何十年もの間、世界人口の20パーセントが経済と資源の80パーセントを支配しているのです。2008年には、世界の資産の半分以上が最も裕福な2パーセントの成人者に所有されていた一方、世界成人人口の下半分はたった1%の富しか所有していませんでした。地球の北と南における生活水準の膨大な差異は安定、安心できる未来の基盤を脅かしており、それらは、国際レベルにおけるより公平な資源の分配を通してのみ是正することができます。それにはグローバル・ガバナンスにおけるより包括的な仕組みと、貧困削減、貧困国の借金の削減、海外援助の提供といった既存の開発努力をはるかに超越する新しい経済構造が必要です。

最も富める国と最も貧しい国の双方で、商業化が生活のあらゆる面で大きな影響を与えており、精神的、倫理的、道徳的価値観を危険にさらしています。研究では、生活最低水準が確立された後の所得の増加は、個人的幸福を著しく増加させることに結びつかないという結果が出ていながら、グローバル化した消費者文化は物質的な富を蓄積させる以上の大志を抱かせることはしません。社会は富やその獲得、社会的地位をめぐる熾烈な競争で構成され、個人主義が蔓延し、その結果、犯罪、不満、家庭崩壊や地域のつながりの希薄化が引き起こされています。しかし、政府は経済成長の観点から成否を判断し続けており、消費にあおられた経済は社会的に有害な影響をもたらすにもかかわらず、ますます拡大するGDPの高さを追求しています。

我々が直面する危機は互いに連結し合い、多次元で起きているにもかかわらず、G8(主要8カ国)や他の富裕国はより持続可能な世界への改革の構想を一切提示していません。規制撤廃による自由化、民営化、貿易と金融の自由化に基づく古いやり方は、経済危機によって化けの皮がはがされ、永続する人類の発展を促進する能力を持たないことが明らかにされました。世界銀行や国際通貨機関などの多国間機関は世界の貧困層を裏切り、また経済成長が最終的に万人の利益に繋がるという神話は以前から打ち壊されてきました。周知の通り、限りある資源を持つ地球上での果てしない発展は持続不可能です。この行き詰まりは環境の劣化や気候変動をさらに悪化させています。― 経済“成長”の副作用は、このような様々な危機を引き起こしたことに最も責任のない最貧困層の人々に過度に影響を与えているのです。

世界の優先順位の根本的な立て直しを始めとして、飢餓の迅速な撲滅、万人の必需品の確保、環境と大気の早急な安全防護対策など、人類の進歩に対する新しいパラダイムが緊急に必要です。もはや国の利己主義、国際競争や過度の商業化が国際経済の枠組みの基盤を築くことはできません。このパンフレットの以下の章では、持続可能で平和な未来は地球の資源の公正な分かち合いから始まり、北から南への権力関係の変化や、金融や商業的関心から世界人口の大半を占める人々へと関心を変化させることが必要であると明確にしています。



合                                                                      


世界が直面している多様な危機は、世界の国々に地球規模の相互依存関係を認識し、人類は同じ基本的必需品と権利を分かち合う大きな家族であると承認することを強く要請しています。我々の同胞や地球との関係に対する総合的理解は、国や文化を超え、世界中の信仰団体に共通する倫理や価値観を構築することができます。また、それは地球規模の正義のための運動の中核にある強い団結感や国際協調主義を反映しています。我々の地球的な結束に対する最初の政治的表現は国連の設立という形で具現化されました。以来、国際法は国家間の関係を管理する手助けや人権を守るために考案されてきました。気候変動や地球規模の貧困、紛争などの国境を越えた問題は、世界の世論を団結させ、政府が協力して全人類の未来のための計画を打ち出すことを余儀なくしています。知識と文化のグローバル化、コミュニケーションや世界中を移動できる交通の容易さは、遠い国に住む多様な人々をさらに団結させることに役立っています。

しかし、私たちが地球的につながっているという現実は政治経済の構造に十分に現されていません。国際社会は未だ、食糧やきれいな水や一次医療を利用できる権利などの人類の基本的ニーズが万人の手に入るよう確保できずにいます。国々がより効果的に協力し合い、天然・経済上の資源を分かち合い、世界の管理構造が我々共通のニーズや権利を直接支援し政策に反映させない限りこれは実現できません。現在、国際経済を管理している主要な機関は、全体として人類のために機能できていません。特に世界銀行や国際通貨基金、世界貿易機関は非民主的で大企業や富裕国の利益を増大させているため広く批判されています。

国連や国連の諸機関を通して、より包括的な国際的枠組みを確立させることが緊急に必要です。大幅な強化と再建が必要であるにせよ、国連は世界経済を再構築する過程をまとめるのに必要な経験と資源を持ち合わせた唯一の多国間の行政機関です。国連憲章や世界人権宣言は全加盟国によって採択され、人類の至高の理想を具体化しています。もし、国連がより民主主義的になり、権力を信託されるようになれば、国家間の共同体意識を育て、地球規模の経済関係を調和させることのできる立場につくことができます。


人間であること                                                                  


我々の近代経済理念は、英国で産業社会が出現した頃の啓蒙思想家の道徳哲学に由来しています。これら初期の理論家の考えを引き合いに出すと、例えば主流の経済専門家らは、人類は本質的に利己的で競争心が強く、貪欲で個人主義的であることが当然だと思い込んでいます。このような人間性の観念は、近代経済が構築される上での確固たる基礎的理念となり、社会をまとめる最も優れた方法として自由市場が蔓延することを正当化するために用いられてきました。

特に1980年代以降、これらの経済に対する基本的想定はますます社会政策における支配を強め、効率、短期的成長、利潤の最大化を追求する傍ら、倫理的配慮の重要性を無視してきました。しかし、この利己主義を制度化させた『新自由主義的』観念は、2008年に起きた銀行破綻と世界株式市場の崩壊によって根本的に信用を失いました。その結果、地球規模の金融危機は、市場経済との関係における道徳と倫理の重要性という昔から続いている議論を再活性化させました。

同時に、発展的な生物学者や神経認知科学者らは最近の実験において、人間は生物学的に協力し、分かち合う性質を持っていると実証しました。この進化上の利点がなければ、我々は種として生き残っていなかったかもしれません。人類学における研究成果は、事例研究を通してこの見解を長い間後押ししてきました。それらは、分かち合いや物を与えることは、多くの場合伝統的社会での経済生活の基盤として形成されていたことを明らかにし、様々な事柄の中でもとりわけ社会的関係に優先順位を置くよう人々を導いてきました。全体的にこれらの研究成果は、古典的経済理論における様々な想定の核心(特に、どんな社会の人間も経済的利潤を最大化させるためには、常に競争的に行動するという断固たる信念)に異議を唱えるものです。

今まさに、一般の生活と基本的価値観を再びつなぎ直し、市場の役割を再考し、公共の利益を獲得するために、人間性に対する時代遅れの想定を徹底的に見直す時が来ました。出発点として、分かち合いの原理を経済システムに統合させることが、地球上の富と資源の分配や消費に対して将来的に広範囲に及ぶ影響を与えるでしょう。

もし人類が、気候変動、減少する化石燃料、地球規模の紛争を含む、我々の世代を特徴付けるような難題を乗り越えられるとすれば、我々が共有する価値観と世界の相互依存関係を包含する新しい倫理的理解を構築する必要があります。何より、今こそ我々が人間であるところの意味を反映、支持するような、より持続可能で、協力に基づいた公平な国際経済を築くときです。


地域化                                                                       


無数の世代にわたって、小さな町や地域における経済活動や社会関係は密接な相互関係を築いてきました。地域住民は、たいてい地域内で必要とされるほとんどの物品やサービスを提供してきました。小さな農園は今でも、種子や土地の共有利用を基盤に農作業を行ったり、家族や隣人と共に生産したりしています。これらの伝統的な暮らし方や働き方は、地域住民が地域経済活動に参加し、利益をより公正に分かち合うことを可能にしています。

しかし、持続可能で包括的、且つ地域に根付いた経済は、経済のグローバル化により急激に消滅しつつあります。ますます経済活動は、大部分の生活必需品の生産と供給を支配する少数の多国籍企業の手中に集中するようになりました。それらの活動による金銭的利益は、遠くにいる数少ない株主団体の手中に蓄積されます。また、そういった企業は、たいてい社会や環境に及ぼす影響をかえりみず、利潤の極大化を最大の関心事として焦点を当てています。

財政力がますます中央集権的になっているにもかかわらず、地域の協同組合や共同企業は、より多くの人が行うことのできる生産的な仕事を分かち合えるように経済活動を町や村に再分配し続けています。人々が地域で食物を地産地消できるような都市菜園や農産物直売所が、現在最富裕国の間で人気が高まっています。また、自分の時間を地域事業のボランティアにあてたり、責任ある消費方法を通して持続可能な生活を選択したりすることも普及しています。『ローカライゼーション(地域化・地産地消)』への動きは、たいてい地域をつなぎ合わせる効果のある代替通貨の使用、時間貯蓄、地域密着型農業、再生可能エネルギー計画などの新たな取り組みにより促進されます。

政府は、地域経済における市民の管理権を拡大させる政策を支援することで、この変革を促進することができます。活動家や非政府団体は、地方銀行の設立、地域の自然エネルギー計画への投資、小企業の繁栄のための大企業への規制などを含む地方の新たな取り組みに政府がより資金を費やすよう長い間働きかけてきました。

また、地域経済の活性化は、途上国において貧困を著しく削減させる可能性があります。例えば、小規模の地域・都市農園の設立を奨励することで、何百万人が持続可能な地域的食糧生産により利益を得ることができます。国内市場への注目の増加は、地域産業において安定した仕事を得る機会を促進することにもなります。国際援助は、地域に多くの物資やサービスを提供する地域経済の再構築へ向けて人々を支援することでこの過程を援助することができます。このようにして、グローバル化した金融や貿易システムの根底にある不平等な権力関係を維持させなくとも、開発努力は基本的ニーズの確保に直接重点的に取り組むことができるのです。


国際的な分かち合い                                                                       


より自立的な地域社会が人間優先で環境上持続可能な生き方への変革の鍵を握っています。地域経済の再生は、より広範な国際経済の変革(協力と分かち合いの原理に導かれた変革の過程)の一環でなければなりません。いくつかの政府は、福祉制度や社会保障の提供を通して、すでに国レベルで資源を分かち合っています。国庫歳入の再分配によって国の福祉制度は、よく教育、医療、住宅や社会保障制度を基本的人権として提供しています。最も工業化した国々では、年配者や金銭的に余裕のない人などの恵まれない人々に必要な資源やサービスを提供することに対し、社会全体が効果的に責任を負っています。

しかし、富裕国の人々には当たり前のように考えられている基本的福祉も世界人口の大多数の人々にとっては未だ夢のようなものです。過去60年以上の間、国際社会は世界人権宣言を守ることを誓ってきました。その宣言には、『すべての人は、個人や家族の健康と福利に相応しい生活基準を保つため、食糧、衣料、住宅、医療や必要な社会サービス等を得る権利を有する』と明記されています。しかし、数十年に及ぶ国際公約があるにもかかわらず、海外開発援助は未だに不十分で方向性の誤ったものが多く、しばしば援助国に利益をもたらす条件の下に提供されます。国家間の関係は依然として利己主義や競争により支配され、地球資源のより公正な分かち合いという急務は、時代遅れの国際政治制度や不適当なグローバル・ガバナンス制度により妨げられています。

公正な経済の建設に対する数十年に及ぶ国際社会の失敗は、人類史上いかなる戦争や自然災害をもしのぐ苦しみを作り続け、回避可能な困窮や年々何百万人が死んでいることに対して責任があるのです。このような危機的状況をますます悪化させている経済危機や環境危機を考慮すると、史上最大規模で団結した行動を起こすことが人類に残された唯一の選択肢であることは明らかです。政府が行うべき極めて重要な最初の一歩は、飢餓や極度の貧困を緊急に撲滅するために必要な資源を再分配することです。 国際優先順位の抜本的な立て直しは、誰もが利用できる必需品やサービスを提供し、天然資源をめぐる紛争を終結させるためのより包括的な経済改革の序盤を築かなければなりません。

緊急再分配    

国際再分配の緊急計画は、短期的な方策にしかすぎず、包括的な解決策ではありません。しかし、国際経済や機関の構造改革は長期に及ぶ交渉と改革の過程を要するため、世界の貧困地域へ緊急に資源を運ぶことは、政府がわずかな年数の間に飢餓と不必要な貧困を撲滅させることのできる唯一の実践的方法なのです。もし、協力と資源の分かち合いに基づいた政治的意思が、国際連帯と寛容さによる新しい文化の一環として結集するならば、この計画は、単に飢餓と極度の貧困の発生率を2015年までに半減させるだけの不十分なミレニアム開発目標と置き換えることができます。この壮大な規模の国際支援計画は、以前実施されたどんな開発努力をもしのぐものであり、費用の意図に関わらず、何としても望んでいる目標を達成させるためには政府の確約を要します。

まず第一に、必要な資源を結集させる責任は富裕国の政府にかかっています。それらの国々は利他主義の精神に従って進まなければならず、寄付されたあらゆる資源は援助国への有利な計らいをつくる一切の条件から自由でなければなりません。可能であれば、それらの資源は直接地域に提供され、地域の人々や地域経済、伝統文化を尊重するような形で利用されるべきです。そうすることによって、現在の海外援助制度によくあるような、政治、経済、商業的利益をめぐる汚職の可能性を削減することができます。被援助国へ人道支援や物資を運搬するために、軍関係者や軍装備品の業務方針を変えることが、責任ある全ての政府の関心になるでしょう。もし国際市民がこの計画に参加する高い意欲を持つならば、彼らの援助は地域のボランティア団体や非政府団体によって調整されることができるでしょう。詳細知識や国連機関の様々な経験もまた、この事業を支持する上で非常に貴重なものとなるでしょう。

『北から南へ』必須資源を運ぶような似たような構想は1990年に国際開発問題における国際調査委員会(ブラント・レポート) によって初めて提案されていました。しかし、幅広く賛同されていたにもかかわらず、この緊急計画を行うための必要な政治的意思が欠けていたのです。人類はもはやこのような自己満足的な無頓着さを許す余裕はありません。行動に移さないということは、何百万もの人々に不必要な貧困や飢餓を強いる事になるのです。


地球規模の改革                                                             


国際経済を左右する機関や制度、実践の抜本的な改革なしに、公平で持続可能な世界を築くことは不可能です。再分配への緊急計画に続き、国際援助への依存を減らし、国々が基本的ニーズを確保するにあたり、ほぼ自給自足できるような法案が必要です。

何十年もの間、開発政策は経済の管理は公的機関から民間企業に移されるべきだという信念によって動かされてきました。まさに中世において公共地が次第に『私用に囲い込まれて』きたように、種子や情報や科学技術などの他の共用資源はますます民営化され、多国籍企業に支配されています。公的資源の利用や搾取による利益を上げるために、資源の私有化を促進するような市場主導の制度を維持させる国際規定が導入されました(世界貿易機関によって施行)。

同様に、今や医療や教育や水は、民間企業が提供することが当たり前であり、その様な基本的サービスや公共施設はお金を払う余裕がない人々にとって利用不可能なものとなっています。従来、個人や地方消費のために生産されてきた食糧は、今では極めて商品化され、たいてい十分な購買力のない人々にとって、手の届かない桁外れで高額ものになっています。その結果、飢餓の増加や食糧価格の上昇による危機、多くの低所得国における市民の不穏な動きをもたらしています。

この純粋に市場本位の手法は、世界の大部分を占める貧困層の人々に基本的ニーズを確保することを常に怠ってきました。代替機構は、人権として最貧困層の人々が即時に生活必需品を利用できるよう保障しなければなりません。国々の相互依存関係や世界資源の不平等な分配や経済力の不均衡を考慮すると、それらの要因は、分かち合いの原理に導かれたより包括的なグローバル・ガバナンス制度を発達させるという大きな難題を国際社会に提示しています。

必須資源、必需品、必需サービス

経済における分かち合いは、地球上の天然資源をどのように運営するのかという課題へ直接応用することができます。水、種子、石油、ガス、森林、鉱物、そして空気でさえあらゆる形態の『世界の共有物』であり、それらはより公平で持続可能な方法で分かち合うことができるのです。ひとつの方法としては、それらの資源を共有物として認め、『信頼』や似たような国際的仕組みを通して守ることです。もし、このような協定が国連などの世界規模の団体を通して国家間で協議されるのであれば、共有資源は民間企業の搾取から保護され、未来の世代のために維持できるような環境的に持続可能な方法で全市民の利益のために管理され得るでしょう。

その他の生活や健康に必要な必需品やサービスは、より効果的な形態の公的供給を通じて万人が利用できるようにしなくてはなりません。必要があれば、政府は国民に福祉サービスを提供するために国連機関から支援を受けることもできます。それによって、貧困層が利用することができない民間企業の商品やサービスに代わるものへ徐々に置き換えていくことができます。もし、明確な指示と必要な資源が提供されるならば、世界保健機関やユネスコなどの専門機関は、再生可能エネルギーの構築、水や衛生に関するインフラやサービスなどの必要な公共物を誰もが利用できるように促進することができます。 

国家レベルでは、法改正や構造改革により小規模農業や公共住宅計画が土地を利用できるように保障することができます。特に、産業農業では最優先目標である最大収益や最大規模を重視しなくとも、食糧は食の安全保障を確保するために、小農地所有者や家族経営の農家によって地元で生産することができます。国連世界食糧計画や食糧農業機関などの国連機関は、地域の食の安全を保障する能力を高めるために必要な資源を再分配することでこのような計画を支援する立場にあります。同様に、特に急速に都会化している都市の急増するスラムに住む何万もの人々に対して、地方と都会の両方に適切な住まいを建設する必要な資源を提供するための改革が必要です。 

いかなる場合でも、国が必需品や必須サービスを長期的に提供する能力を拡大させるような国家支援に重点を置くべきです。それには西洋的な『開発』の概念の大幅な見直しをしなければなりません。また、人間と自然環境の関係におけるより全体的な見解、国や社会発展の主たるものさしである国内総生産(GDP)や一人当たりの所得といった財政的尺度の再概念化が必要です。このような政策の転換によって引き起こされる必然的な結果として、既存の国際貿易、金融、開発援助の構造の抜本的改革、持続不可能な債務負担の帳消し、民営化や知的所有権の管理制度の縮小、国際通貨基金(IMF)や世界銀行、世界貿易機関(WTO)といった既存の国際機関の廃止措置へ向けた大規模な構造改革などが挙げられます。より公正な国際経済秩序の設立と管理は、改善された民主主義的でより効果的な国連システムにより調整させる必要があります。もし、国際経済が万人の利益に奉仕するものであれば、多国間の協力と経済的分かち合いの真の構造を基調とし、人間の基本的ニーズを永久に保障することを最優先として力を注がなければなりません。


運動                                                                  


変化の必要性がますます差し迫っているにもかかわらず、政策立案者らは(特に富裕国において)経済の運営方法に対する彼らの時代遅れな前提の見直しに不本意のようです。漸進的アイデアは却下され、二酸化炭素排出削減への合意やより公正な貿易規定への交渉、軍縮などはすべて望ましい目標を達成できずにいます。もはや時間切れになりつつあります-世界の半分以上が絶望的な貧困に苦しみ、世界的テロや戦争の脅威は拡大し続け、我々はかつてないほど取り返しのつかない環境破壊の瀬戸際まで近づいています。

世界の指導者らが古びた経済秩序を復活させようとしている一方で、何万もの人々が、基本的な必需品やサービスが確保され、万人が尊厳を持って生きられることを保障するより良い世界を要求しています。世界各国における社会運動は、弱者を守り、環境を持続させ、平和的国際関係を促進させるようなより人道的な開発の形態と正義を求めて運動を起こしています。活動家たちは、最富裕国に有利な計らいをし、不平等な国際貿易制度を押し付け、最富裕国が貧困国の債務負担により利益を得ることを許可する国際金融機関の命令に対し、長い間抗議してきました。彼らは、政策策定過程を支配し、代償を外部に求め、貪欲で浪費的な消費主義を奨励する大企業の活動を非難しています。彼らは、人々が生産的で充実した生活をおくり、地域社会が繁栄し、国々が世界の共通利益のために協力するような、より包括的な世界秩序を心に描いています。 

この高まりつつある様々な活動は、特定の国家に属する国民としてではなく、国際社会が全体として活動した方が利点があるということを理解しています。通信革命を利用し、国境を越えた自発的な活動の集合体を採択することは、多くの人から国際問題に対する新しい強大な力になり得ると考えられています。この運動はまだ始まったばかりで、全く異なる要素から成り立っているため、各々の意見にはまだ一貫性がありません。しかし、融合し、方向性を持つようになると世界の世論は、抜本的で広範囲に及ぶ変化への要求を通して、政府決定を揺るがす可能性を持ちます。我々が直面している連結された様々な危機に応じて、国際経済の変革への勧告を行うことは今や当たり前のことになっています。欠けているのは行動を起こすという政治的な意思です。それ故に、共通のテーマの下に意気投合し、団結し、あらゆる機会において政策決定に影響を及ぼすことは、世界各国の善良な人々にかかっているのです。 分かち合いの原理は、簡単に言えば、進歩的な活動家たちをつなぎ合わせ、政治・経済改革に影響を与える現実的な手段を提供し、政策立案者の指針として機能すると同時に活動家が結集するための基盤となることで、前進への道を提示しています。市民社会の連帯が拡大するなか、世界の指導者たちが平常どおり業務を続けることを正当化できる言い訳はありません。今こそ行動する時です。

人間的観点

分かち合いは、複雑な問題のシンプルな解決策であり、社会の構造を支える道徳的価値観や倫理を反映しています。すべての人が分かち合いを理解し、家族や地域内で実践をするべきです。分かち合いの原理を社会経済的政策に結びつけることによって、ある意味誰もが関わるような、重要な地球規模の問題や複雑な経済学的思考が簡潔になり、活性化するのです。

“主義”を超えて

資本主義や社会主義、共産主義とは異なり、分かち合いは独断的で画一的なイデオロギーではありません。責任を負わない、不在の権力者が『上から管理』することによって施行される所定の方法や課程でもありません。このシンプルな原理を政治経済学に適用することは、未だに経済・社会権をめぐる多くの議論を駆り立てている対立する『主義』間のバランスを取ることにつながります。

団結したアプローチ

活動の基盤や横断幕やスローガンとして、分かち合いは変化への呼びかけの下に、世界中の環境・平和・正義の運動を団結させる可能性を持っています。分かち合いの原理は、これら全ての運動が強調しようとしている相互に連結した国際問題に関連し、一方で世界中の信仰団体や関心を持った市民の共感を呼びます。

前向きな提案

分かち合いは、既存の国際問題を分析したり批評したりすることを超えた、活動的で問題解決に基づいた策略を構成します。分かち合いが具体化する前向きなアプローチは、反グローバリゼーションや反資本主義などの反対派や対抗的な姿勢の他のアイデアが衝突する潜在性を回避します。

先導的方針

分かち合いの原理は、政策立案者が本能的に把握し、主導することができる基本的人間の価値です。それは市民社会によって政治指導者に責任を課すために採用されるだけでなく、政府へ道徳的指針を提供し、様々な問題における彼らの位置づけを知らせる役割を果たし、経済改革の過程へと導くことができます。


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